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031

 昨日、ミルスはスケルトンホースの馬車に乗り舞踏会、もとい『技術顧問ありがとうパーティー』に出席し、そのまま帰ってこなかった。

 もっとも、そう言う可能性もなかったわけじゃない。思いのほかフランクなパーティーで、あちらで酒でも飲みすぎて外泊することになった、ということも考えられる。


「まぁ、そういうこともあるよな」


 という訳で、さほど心配していなかった――のだが。


「なんか窓の外、ゾンビ多くねぇか?」

「ほんとですね。しかも……なんか嗅ぎ覚えのある臭いがするんですけども」


 ローラと一緒に窓の外を見ると、ボロボロのゾンビが徘徊していた。

 ローラの言う嗅ぎ覚えのある臭い、というのは、まぁいわゆる防腐処理前のゾンビの腐ったニオイだ。


「しかも……特に意思があるようにも見えないなぁ」

「ですね。どうみても下級アンデッドのゾンビですよね?」


 ふらふらと歩きまわるゾンビは、まさにデスパドーレの外で見る野良ゾンビと完全に一致していた。


「……それに、なんか悲鳴とかも聞こえてこないか?」

「あー、やっぱり私の聞き間違いじゃなかったんですか?」


 そう、外からは「う、うわぁあああ!」とか「ぎゃー!」とか、あとパリーンとガラスが割れるような音とかもしてくる始末。唐突な世紀末っぷりだ。なんかどこかで似たようなものを見たり聞いたりしたような記憶がある……そう、まるで前世の、ゾンビ映画のような。

 ……死者に鞭打ってブラック企業も真っ青な労働をさせられていたゾンビが反乱でも起こしたのかね?


「というかウチの庭にも入り込んできてるな……」

「ですね。……骨馬ちゃんは平気でしょうか」

「大丈夫だろ、骨だし。食うところないぞ」

「それもそうですね?」


 一旦カーテンを閉める。そして、試しに外のゾンビに接触してみることにした。


 玄関を少し開けて、外を見「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛」はい閉じ。

 目が合ったゾンビが、俺に向かって襲い掛かってきやがったぞ? 下級アンデッド確定だろうな。しかも玄関のドアをバンバン叩いてきやがる。


「皆を集めようか」

「……はい」


 俺とローラ、ドロシーとメリーさんを居間へ集める。

 こういう時は単独行動をしてはいけない。基本は団体行動と相場が決まっている。


「なに、どうしたの? なんか外が騒がしいんだけど……お祭り?」

「その可能性も捨てきれないが、どうやら外にゾンビが溢れてるみたいなんだ。しかも野良ゾンビっぽいやつらが」

「へー、ゾンビが……まって。じゃあこのほんのり漂う吐き気を誘う気持ち悪い臭いって」

「お察しの通り、ゾンビの腐臭かな?」

「うげ……」


 多分ゾンビの臭いのことだろう。俺とローラはもうさほど気にならないし、メリーさんは呼吸しないので関係ないが、ずっと町中にいたドロシーにはキツイかもしれない。


「とりあえず、皆とこれからの事を少し相談しようかと思ってな。簡単に言えば、町を脱出するか、籠城するか、だ」

「籠城! 引きこもりに一票! ここから出たくない!」


 しゅば、と手を挙げるドロシー。まぁ、お前はほとんど引きこもってたもんな。

 だがそれは悪手だ。こういう時、最初の安全地帯で引きこもりを主張する奴は大体死ぬって、これも相場が決まってる。

 そう。前世のゾンビものの映画では、何度もみたシーンさ。俺は詳しいんだ。


「あー、ドロシー。言っといてなんだが、籠城は他から助けが来ることが前提とした作戦になる。そしてぶっちゃけこの屋敷に居ても助けが来るかどうか分からん」

「え、そうなの?」

「なにせ外から悲鳴が聞こえてくる程だからな。これ、下手したら町中この状態なんじゃないかと」

「……町中にゾンビが溢れかえってるって事?」

「町中にゾンビ。しかも野良ゾンビで腐ってたり臭かったり」


 さぁっと顔色を悪くするドロシー。まぁ、俺もあんまりいい気分じゃない。


「しかも、籠城するにしても食料があんまりない。この間の鍛冶師連中との宴会で使い果たしてたし……故に、この館から脱出して、冒険者ギルドに行ってみようと思うんだ」

「冒険者ギルドなら、保存食の備えとかも多くあるはずですからね」


 俺の発言に補足するローラ。


「なんにせよ情報が足りないからな。無事な奴らも冒険者ギルドとか目立つ場所に集まってくるだろうし、町を脱出するか改めて籠城するかは、それから決めるってのはどうだ」

「私はそれでいいと思います」

「私……も、行きます、ね?」

「……分かったわ。私も、ついてく! 1人残されたら怖いし!」


 こうして、俺達は冒険者ギルドに向かうことが決まった。


  *


 まずは庭のゾンビどもを一掃する。二階の窓からカカシを投下して殲滅すればいいだけなので、これは簡単だ。しかも、


「ルーカスさん、これを使って」

「これは……完成していたのか」


 ドロシーがこのデスパドーレに来てからコツコツ作っていた、等身大金剛力士カカシ。ゾンビを相手にするにはオーバースペックなほどのクオリティ。指1本で動かすことができて、自分勝手に動かないメリーさんといった感じだった。


「凄いな。将来、人形師になったら良いんじゃないか? 彫刻家とかも向いてるかもな」

「そ、そう? ふふふ、悪い気はしないわね!」


 ゾンビを殲滅し、骨馬の元へ行く……が、骨馬は座り込んだまま動こうとしなかった。

 ピクリとも動かないので、馬の白骨標本と区別がつかないほどに。


「ど、どうしちゃったんでしょうか? いつもならもっと元気なのに」

「町の異変と関係があるかもしれないな……仕方ない、徒歩で行くぞ」

「えぇ……ゾンビだらけなのに……うう、臭いよぉ。吐きそう……いや吐く。ちょっと失礼、オロロロロ」


 庭の端でびちゃびちゃと嘔吐(ゲロ)するドロシー。仕方あるまい。森で動物の死体や、あのスタンピードでモンスターの死体を見慣れてるとはいえ、「人」の死体であるゾンビはやはり別ということだ。


「……なんでルーカスさんとローラは平気なのよ、うぐぐ」

「慣れだな、慣れ。俺達も最初は吐いたもんだ。ほら、水だ」

「ありがと……」


 メリーさんが立った今井戸から汲み上げた水に口を付けるドロシー。

 ……あ。井戸にゾンビとか落ちてなかったよな? 大丈夫? ……ドロシーの様子を見る分に、まぁ、大丈夫そうだな。うん。


「ねぇルーカスさん。骨馬は使えないけど、馬車自体はカカシで引っ張れば行けるんじゃないの?」

「あ。……そういえばそうだな」


 最近はすっかりスケルトンホースの馬車に慣れまくってたから、頭からすっかり抜け落ちていた。

 というわけで、俺達は冒険者ギルドへ向かった。金剛力士カカシの引く馬車に乗り、ゾンビたちが徘徊する町中を突っ切って。





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