第30話 冷姫とその母
「唯さーん。もう駅に着いちゃうよー」
肩を揺らしながら琉生が言うと、唯は眠そうに瞼をゆっくり開けた。電車の天井で輝く電気が眩しいようで、少し目を細めている。
「ふぁ〜っ、眠い……。起こしてくれてありがと……」
数十分しか寝ていないからか、まだ眠そうだ。電車はキィー、と言う高い音を鳴らしながら、減速する。
駅を出たら十分ほど歩かないと行けないのか。頑張るか、と琉生は意気込んでいる。
帰ったらお風呂に入って寝るだけだ。今日は疲れたので、きっとぐっすりと眠れるはずだ。
◆
二人は電灯と建物の明かりに照らされた歩道を歩いていた。
唯は浴衣を着ていて歩きにくそうなので、ゆっくりと歩幅を合わせる。
二人とも疲れているので、会話の数は少なかったが、花火大会の余韻に浸るにはちょうど良かった。
そんな二人にとっては、十分は短すぎたようで、あっという間に琉生の住むマンションの前まで来ていた。
「唯さんの家まで送るよ」
「ありがと。実はちょっと一人で帰るの怖かったんだ。えへへ〜」
「それなら良かった」
以前は途中で雨が降ってきたが、今日に限っては流石に大丈夫だろう。浴衣が雨で汚れたら結構ショックだからな。
などと琉生が考えていると、唯が楽しそうに口を開いた。
「また祭り行きたいな〜」
「そうだね。今日はあまり食べられなかったから、今度いく時は全ての屋台をコンプリートするつもりで頑張ろう」
「あはは……。それは太っちゃうな……。頑張って軽くしておくよ」
唯は茶化すように言ったが、琉生としては割とガチで考えていた。
昨年まで、琉生が朱莉と行っていた夏祭りには、屋台が並ぶがあまり多くはなかった。祖父からのお餞別を手に、屋台をコンプリートするのはよくある事だった。
その後も二人はわいわい話していると、目の前に唯のマンションが見えてきた。
「あ〜、もうお別れか……。寂しい思いするくらいなら、電車の中で寝なかったら良かった……」
「確かに寂しいね。基本暇だから、家にいつ来てくれてもいいよ」
「わ〜い!前貰った合鍵使って、寝起きドッキリしちゃおうかな〜」
そう言いながら、唯は愉快そうに笑う。
「せっかくだから、部屋の前までついて行くよ。その分話せる時間が増えるからね」
琉生は自分で言っておいて、無性に恥ずかしくなる。しかし、一緒に居られる時間が延びて嬉しくも思う。
二人はエントランスを過ぎ、エレベーターで唯の部屋がある階までのぼった。
そこで琉生は、嫌な予感を感じる。──唯の部屋の前に、見知らぬ女の人が居る。
彼女はこちらに気づくと、少し近づいて来てから言った。
「生きてるか確認しに来たと言うのに、部屋に居ないとはどういうこと?しっかし浴衣、全く似合ってないね。見ていて腹が立つわ」
「お前なん──」
「──待って、あの人は私のお母さんなの……」
唯の母親と言われた人の、年齢は四十代くらいだろうか。肌や髪は手入れされていて、とてもツヤがある。
「男の子とこんな夜遅くまでほっつき歩いていたの?……笑わせないで」
「お母さん、ごめんなさい……」
唯は顔を真っ青にして言う。──どうやら二人は仲のいい親子。という訳では無さそうだ。
「まあいいわ。今月の分のお金は通帳に振り込んでおいた。早く大人になって、私に迷惑をかけないでちょうだい」
最後に冷たく言い捨てると、唯の母親はハイヒールの靴をカツカツ鳴らしながらエレベーターの中に消えていった。
「あの人、私の本当のお母さんじゃないの」
「え?」
「お母さんが数年前に亡くなってから、お父さんが連れてきた人なの。私のことを嫌っていて、あの人に追い出されて私は一人で暮らしているの」
自分の中に溜め込んだものを吐き出すかのように、唯は言った。そして、それだけでは止まらず続けて口を開く。
「家に居ても、結局さっきみたいに馬鹿にされるだけ。だから私は一人暮らしの方が気楽でいいと思っているの。でも……っ」
唯はその場にしゃがみこみ、声をしゃくりあげるように鳴き始めた。
隣の部屋にも聞こえそうだったので、琉生は唯の手を優しく引いて、部屋の中に入るよう促す。
「でもね、ひっく……、一人は一人で寂しいの、ひっく……。夜は怖いし、家事は大変。もうやだよぉ……」
そして唯は糸が切れたように、大声を上げて泣き出す。琉生が必死になだめるが、ほとんど意味がなく、泣きつかれるまで泣いたのだった。
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