第26話 冷姫と浴衣
七月ももう最終週となった。
梅雨のジメジメとした空気は完全になくなり、入れ違うようにギラギラとした日差しが、人々の肌を黒く染めてゆく。
そんな毎日に、無性に苛立ちを覚えていた琉生にも楽しみなことがあった。
今日は花火大会が行われる日だ。去年までは妹と地元の小さい花火大会で我慢していたが、今年は違う。
都会の夜空に咲く花火を、冷姫こと伊織唯と行く約束をしている。
小学校以来初めての友達。しかも思わず見とれてしまうようなハイスペック美少女だ。
琉生は朝早くに起きてからは、家を出る三時間前には支度を済ませ、ソワソワと時計と花火大会のホームページを交互に見ている。
「本当に楽しみなんだね〜?」
「当たり前だろ」
「そっか。おにぃにも春が来たんだね」
その言葉には琉生が青春していることを嬉しく思う気持ちと、自分から離れていくことに寂しく思う気持ちが含まれている。
「俺が唯さんを誘えたのは朱莉のおかげだよありがとう」
「お土産……」
「なんか言ったか?」
「うぅん。何も言ってないよ」
そこで会話は終わり、琉生は約束の場所に十五分前には着いた。
花火大会に合った天気で雲一つとしてない空は、太陽が傾き茜色に染まっていた。
彼女でもない女子との花火大会に浴衣を着てきたのは間違っているのだろうか。
そう思った時には約束の時間から十分ほど経った時だった。どれだけ時間が経っても唯は来る気配がない。
唯さんどうしたのかな。昨日メッセージを送った時は『明日楽しみだね』って言ってくれたのに。もしかして全て幻だったのか……?
琉生は慌ててスマホのメッセージアプリを確認するが、幸いにも幻ではなく事実だった。
そして琉生は悟った。唯は何らかの体調不良で連絡すら取れないのでは、と。
──その時だった聞き覚えのある声が聞こえたのは。
「琉生くんごめんっ〜!」
スマホから顔を上げるとそこには、華やかな着物に身を包み、髪を高い位置でお団子にした唯の姿が。
桃色の生地に赤い花の模様。髪も肌も透き通るように白い唯にはとても似合っている。
「ごめんね。着付けに手間がかかっちゃった」
「大丈夫だよ。──それにしても浴衣、似合ってるね。とっても綺麗だよ」
「ありがと……。琉生くんもかっこいいよ」
そう言われた琉生はシックな浴衣だ。鬱陶しい前髪はワックスで上げてある。
元の素材の良い二人は、お互いに周りからの視線を集めているが──
「「……」」
見つめ合い静止している二人。傍から見れば付き合いたてのカップルの様だ。
「うわっ!あの子見て。超可愛くね?」
「ほんとだ〜」
「ねえアナタ他の女に見とれてんじゃないわよ」
「み、見とれてないよ!」
と外野からの話し声に二人はハッとする。視線を集めながらも二人はその場を離れた。
琉生は先程から唯のことをチラチラと横目に見ている。対して唯は琉生のことを──以下略。
そして偶然にも見るタイミングが重なり──
「「っ……!」」
お互いに気まづくなってしまう。
(クソッ!唯さんがいつもよりも可愛くて、話しずらい……)
(もうっ!琉生くんがいつもよりもかっこよくて、話せないよ……)
花火大会の行われる会場に向かうまで、二人は無言だったはずなのに、やけに砂糖を多く撒き散らしながら歩いて行ったのだった。
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