第22話 冷姫と冷える夜
想像よりも何も無いスッキリとした部屋だった。
琉生は唯の部屋にお邪魔するなりそんなことを思う。
部屋は広く、キッチンは新品かのようにキラキラと輝いている。
「風邪ひく前にシャワーで体を流してきて」
「んえっ!?」
唯はいきなり物凄いことを言うのだから、琉生は大きな声を出してしまう。その声に唯は少し驚き、肩をびくりと揺らす。
「俺は大丈夫だから。それより唯さん、早くシャワーで体を流さないと風邪ひくよ」
「いや、私は大丈夫だから!」
このままでは埒が明かないと思い、琉生は意を決して口をひらく。
「あ。それなら一緒に入るか?」
「……一緒に!?」
「それが嫌なら早く入って来てくれ。俺はその後でいいから」
唯は顔を真っ赤にして、あわわ、と声を漏らしながら目をぱちぱちとしている。
そして「こっそり帰ったら怒るからね!」と可愛らしく言い、扉を一つ開きその中へ入って行く。
すぐにシャワーの音が聞こえ、そこが風呂だと言うことがわかる。
「こっそり帰りたくても帰れないけれどな……」
琉生はボソッと呟く。琉生が部屋を出ると、鍵は開いたままになってしまう。
もしもの事を考えると、琉生は絶対に帰ることは出来ないのだ。
唯の部屋に入ってすぐにバスタオルを貰った。どうやらこれで濡れているところを拭くといいらしい。
琉生はバスタオルに顔を埋める。すると唯の隣を歩く時と同じ香りがする。
何故か悪いことをしている気分になってしまう。
仕方がないことだ。こうでもしないと風邪をひく。
恐らく琉生が風邪をひけば唯は自分を追い詰めてしまうだろう。そうならない為にも琉生はなんとしてでも風邪は避けたい。
「──っくしょん!」
琉生は大きなくしゃみをする。
服は雨水を含んで冷たくなっている。そして鼻水が垂れる。
もしかしたらもう既に風邪をひいてしまったかもしれない。
「失礼します」
そう独り言のように言い、琉生は目の前にある頑張れば四人は食事できそうな机から、ティッシュを一枚引く。
ずびー、と情けない音を鳴らしながら鼻をかむ。
その瞬間鼻の中がスッキリとする。
そして机の足元にある膝くらいの高さのゴミ箱の蓋を開いた。
「これは……」
「お待たせ。どうぞ、入って来てい──」
先程唯が消えていった扉が開き、琉生は反射的に音のする方へ視線を向ける。
そこには桃色のパジャマに身を包む唯の姿が。
頬がほんのりと朱色に染まっているのは、お風呂で温まったからだろう。
「ゴミ箱の中。見ちゃった、よね……?」
「うん。ごめん」
ゴミ箱の中身。それは冷凍食品の袋や、数十個も重ねられたカップラーメンの器。
こんなにも体に悪いものを食べてよく肌を綺麗な状態で保てているな。と琉生は感心してしまうくらいに沢山捨てられている。
「私ね、料理出来ないんだ。何度か挑戦してみたけれど、いつも出来るのは真っ黒の何か。段々こんなことにお金を使うことに馬鹿馬鹿しく思えてきたの。農家さんが汗水垂らして作った食材を食べられなくしてしまっているし……」
「なるほど」
琉生本人でさえ何が「なるほど」なのかは分からない。しかし苦く消え入りそうな声で言われ、何とも言えなくなってしまったのだ。
「とにかく風邪をひいちゃう前にシャワー!」
唯は胸の前で、ぱん、と掌同士を当てて音を鳴らす。そうやって琉生は風呂に向かう。
頭の中がモヤモヤしていた為か、着替えを持たずにお風呂に入ってしまったことにも気が付かずに。
風呂に入ると湯気がモヤとなり虚空を漂っている。今更ながら琉生は「ここにさっきまで唯さんが居たのか」と良からぬ妄想をしてしまう。
シャワーを浴びれば冷えていた体も温まり、ついでに胸がジーンとする。
「なんとか風邪は免れそうだな」
そう言う琉生の声は少し嬉しそうだった。
お風呂から出ると、脱衣所にはバスタオルが置かれていた。
琉生は体の表面を伝って垂れる水滴を拭き取り、少し前まで着ていた服に身を包む。
少し冷たいが家に帰るまでなら我慢出来るだろう。
「お風呂ありがとう。とても温まったよ」
そう言うと、唯は微笑み「良かった」と言う。琉生が風邪をひいていないかと心配していたのだ。
そして玄関に向かう。背後では唯が着いてくる足音が聞こえる。
「これ、やるよ」
琉生が玄関の扉を開きながら、ポケットから取り出したものを唯に手渡す。
「これは……、鍵?」
「俺の家の合鍵だ。一人暮らしは寂しいと思うから、いつでも来てもらって構わないよ。事前に言ってくれたらご飯も作るから」
そこまで言って、琉生は返事を聞かずに扉を閉める。
「ばか」
玄関に残された唯は呟く。そして鼻をすする音が小さく響くのだった。
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