第21話 冷姫とプール帰り
「楽しかったな」
「そうね」
プールから帰る道中。電車の横並びの席に座り、二人は今日起きた出来事を思い出す。
三人は左から唯、琉生ときて朱莉の順で座っている。朱莉は琉生の肩にもたれかかり寝息を立てて寝ている。
一日。という短い間だったが、二人の胸の中には満足感が溢れ出す。それほど高密度な時間を過ごせたということだろう。
「絡まれた時に助けてくれてありがとね」
「……。あ、どういたしまして」
琉生は「絡まれた時?」と、唯の話についていけなかったが、すぐにあの時の情景と共に思い出す。
唯さんの水着姿を見て頭がおかしくなったり。周りからの視線がたくさん集まったり。更には不良に絡まれたりと本当に忙しかったな。
それでも楽しかった。今まで人と関われなかったから、今日唯さんとプールに来ることが出来て嬉しかったな。
と、琉生は思い出をかみしめる。その顔は優しく微笑んでいる。
それから二人は車窓の外に流れる景色を眺めながら、他愛のない話をする。
会話が途切れた時。唯は景色をじっと見つめながら言う。
「私達の降りる駅まであと何駅くらいだっけ?」
「あと四駅だったはずだよ」
「じゃああと少しでお別れね……」
唯は少し寂しそうに言うが、寂しいのは唯だけでは無い。琉生も寂しいのだ。
可能なら夕食も一緒に食べたいところだ。しかし夜遅くまで唯の自由を奪うわけにはいかない。
琉生は唯と過ごせる時間を大切にし、もう少し他愛のない話を続けるのだった。
◆
「朱莉ー?朱莉さーん、起きてますかー」
「……」
琉生の肩で寝入っている朱莉はピクリとも動かず、未だに寝息を立てている。
その様子を見て唯はくすくすと笑っている。
三人の降りる駅が少し先に見えてきた時。琉生は軽くため息を着き、朱莉にデコピンをする。
普通のデコピンではない。近衛家流デコピンだ。
「──っ痛いよぉ……!」
朱莉はようやく目を覚まし、目の端に涙を浮かべながら自分の額を押さえる。
「あ。起きた」
真面目な顔で言う琉生に、朱莉は「それだけ!?」と突っ込むがスルーされてしまうのだった。
三人は電車を降り、駅を出た時には既に夜の帳が下りており、周囲はネオンの明かりに照らされている。
琉生達の住むマンションは、駅と唯の住むマンションの間にあるため、途中まで一緒に帰ることにした。
「この頃暑いね〜」
「そうだね。地球温暖化の影響だね」
琉生を挟むようにして唯と朱莉は話している。
遠くには琉生達の住むマンションが見えてくる。
「おにぃ、暗いから唯ちゃんを家まで送ってあげて」
マンションの麓まで来た時。朱莉はウインクをしながら言う。
その言葉を聞いて唯は「大丈夫だよ」と言うが、琉生は唯の住むマンションの方へ足を進めた。
後ろからは唯が慌てて琉生の後を追う音が聞こえてくる。
「疲れてるはずなのにありがとね」
「大丈夫だ。俺は楽しい時間が長くなったと思ってるから」
表情を変えずそんなことを言う琉生に、唯は少し顔を赤くする。
二人の間に流れる空気が熱くなったその時。空からポツポツと雨の雫が降り始める。
初めは弱かったが次第に強くなり、周りの景色が見えなくなるくらいに雨が降り注いだ。
二人は急いでマンションに向かうが、服が水分を含み少しずつ動きにくくなる。
やっとの思いでマンションに着いた時には、服からはポタポタと水滴が垂れる羽目に。
琉生は「この天気の中を帰らないといけないのか」と少し憂鬱な気持ちとなる。
「じゃあ俺は帰るよ。今日は楽しかったよ」
そう言って走り去ろうとする琉生の手が、唯に強く握られる。
「待って!せっかくだから少しだけ私の部屋に寄ってかない?」
「えっ……!?」
琉生は驚きのあまりつい唯の方へ振り向いてしまうのだった。
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