第11話 冷姫とモブの彼女(!?)
「たっだいま〜っ!」
玄関から聞き飽きるほどに毎日聞いてきた声が聞こえてくる。
朱莉……!? 今日は部活で帰りが遅いはず。
「あれ。 この靴は……、女ぁ? 《《琉生くん》》ったら私がいるのに他の女を家に連れ込んでるのぉ?」
琉生の部屋の外からわざとらしい、怒ったような声が聞こえてくる。
隣を見てみると、顔の青ざめた伊織さんの姿があった。
朱莉ぃ〜! 今日の夜ご飯抜きだ。 もう決めたからな。
「この声は彼女さんだよ、ね……? 私殺されちゃうの……? 」
「いや、この声はな──」
声の主の招待を説明しようとしたその時、琉生の部屋の扉が力強く開かれた。
「琉生くん! どこの女を……、れ、冷姫ぇ〜!?」
意地悪そうな笑みを浮かべながらズタズタと部屋に入ってきた朱莉だったが、唯の姿を見た途端喧嘩を売る相手を間違えた、と言わんばかりに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「あなたは確か……朱莉さんじゃないですか」
朱莉は学園内で有名であるが、"冷姫"や"モブ"と言ったあだ名で広く知られているため、友好の少ない唯には朱莉の苗字が、近衛だということは知らないのだった。
「わ、私の彼氏と……ど、どんな関係かな〜?」
今更「冗談でした、すいません」と言えない所まできてしまった朱莉は、嘘を突き通す作戦に変えた。
「私と近衛くんは……と、友達です」
「ほ、ほんと?」
「は、はい」
いきなり修羅場な空気になり、最悪の事態だけは避けたい唯と、喧嘩を売る相手を間違えた朱莉はお互いに少し挙動不審な様子だ。
そんな様子の目の前で、琉生は大きなため息をついてから、あぐらをかいて座っていた床から立ち上がり、部屋の扉の前に立つ朱莉の元へ足を進める。
「俺がお前の彼氏になった覚えはない」
「いでっ……」
琉生は朱莉にデコピンをすると、朱莉は少し赤くなったおでこを痛そうにさすっている。
「伊織さん、ごめんな。 コイツは俺の妹、近衛朱莉だ。 さっき家に入った時に『くんかくんか、女の匂いがするでござる』とか言ってたけど、それはこいつの匂いだ」
「へー、冷姫ってそんな喋り方だったんだー」
「ち、違いますっ!」
琉生の冗談によって、勝手な印象をつけられた唯は、顔を真っ赤にして誤解を解こうと必死に朱莉に釈明している。
女子の中では身長が高い方である朱莉は、眼下に見える唯のぴょこぴょこと動く様子を見て『何これ、可愛すぎんだろ』と思うのだった。
★★★
唯の必死な釈明のお陰か、それとも朱莉にこれ以上揶揄うのは辞めておこう、という思いが芽生えたお陰で唯は自身にかけられた誤解を解くことに成功した。
「──まじで!? 唯ちゃんもこの漫画読んでるんだ」
「朱莉さんも読んでるんですか!? マイナー過ぎて読んでるの私くらいかと思ってました」
「私も同じこと思ってた。 まさかこんなに近くにわかる人が居たなんて……」
目の前で繰り広げられるオタクトークに、『俺も混ざりたい』と思いながら琉生は、夜ご飯の支度をしていた。
先程は朱莉の夜ご飯は抜きにすると決めたが、唯の楽しそうにする姿が見れたので帳消しにすることにした。
「くんくん、いい匂いだね。 おにぃ、今日は何作ってるの〜?」
「ガパオライスだ。 生姜やニンニク、大葉を使って香りを良くしてみた」
「おにぃ天才じゃん。 唯ちゃん、今日は一緒にご飯食べない? おにぃの料理はマジで絶品だから」
「え……」
目をキラキラと輝かせながら食事に誘う朱莉の前で、唯は少し困惑したような表情を浮かべる。
「朱莉、伊織さんが困ってるだろ」
「いえ、違うんです。 家に帰っても私は冷凍食品しか食べないので。 ──いいんですか、私がお邪魔しちゃって……」
「私は大賛成! 唯ちゃんともっと話したいからね。 それにおにぃも嬉しいでしょ、前髪長陰キャだけど美少女二人に挟まれちゃったら、鼻血出して倒れるんじゃないの?」
「俺も伊織さんがご飯を食べることには賛成だけど、俺はそんなやらしい男になった覚えは無い」
朱莉からの揶揄いに微塵も動じず、間を開けずに否定する。
「その話は置いておいて。 おにぃも了承してくれた事だし、今日は一緒に夜ご飯を食べよう!」
「(朱莉が言い出したことだろうがよ)」
「朱莉さん、近衛くん、ありがとうございます!」
琉生の呟きは二人に聞こえることなく消えた。
朱莉は唯の発言に気に入らない点があったらしく、小さくため息をついて言った。
「唯ちゃん、近衛くんじゃ誰かわからないよ。 近衛くんって言ったら私も反応しちゃうよ?」
「え、では何て呼べばいいのですか?」
「そりゃ、ダーリンじゃなくて琉生くんでしょ。 あ、別に琉生って呼び捨てでも良いんだよ」
「おい朱莉。 途中変なの混ざってたし、伊織さんにちょっかいかけんな」
琉生は名前呼びされると、羞恥心で唯の目を見ていられなくなると思い、朱莉の暴走を止めに入る。
しかしそれは朱莉をヒートアップさせるだけだった。
「え、なに。 おにぃ唯ちゃんに名前で呼ばれたくないの?」
「う……! い、嫌じゃないです……」
今日の近衛兄妹の揶揄い合いは朱莉の圧勝だろう。
「だってさ。 てことでおにぃのことを名前で呼ぼう。 でおにぃはよそよそしいから唯ちゃんのことを、名前で呼んであげたらどう? ──いいよね、唯ちゃん?」
「うん。 唯って呼んでいいよ、《《琉生くん》》」
「──ッ! わ、わかったよ《《唯》》」
「「──えっ!?」」
「……どうかした?」
「「い、いや、なんでもないよ……」」
「そう……」
いきなりの呼び捨てに唯も朱莉も驚いたが、琉生にはなぜ驚いているのかを理解することができなかったのだった。
「よし、完成した。 朱莉、三人分の食器とか準備してくれないか」
「りょーかいっ!」
朱莉は可愛らしく敬礼のポーズをし、タタタと食器棚の方へかけて行った。
★★★
朱莉が運んできた食器に、三人で手分けをして配膳をしたのですぐに席に着くことが出来た。
「そんじゃ、食べよっか。 いただきます」
「「いただきます!」」
琉生の声に続いて、二人の『どんな味なのか楽しみ』という思いの混じった明るい声が広いリビングに響く。
唯はスプーンでご飯と肉がいい塩梅になるようにすくい、ゆっくりと口に運ぶ。
「——っ! おいひぃ~~!!」
咀嚼をし、飲み込むと唯は頬を緩めて言った。
満足してもらえるか心配していた琉生は、唯の幸せそうな顔を見て安堵の息をつく。
「喜んでもらえてよかったよ」
「おにぃ良かったね! さてと、私も食べますか。 あ~んって熱っ! おにぃ水!」
実は猫舌の朱莉は、涙目になりながら琉生に水を求める。
その様子を見て、琉生も唯も「あはは」と笑っていた。
楽しい時間はまだまだ続きそうだ。
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