表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

6.婚約破棄された令嬢の依頼 6

 三つ選択肢があると示しながらも、その内容は有無を言わさぬ強い口調で告げられる。


 ひとつ、と黒羊は中指を曲げた。

「今すぐ賠償金をお支払いいただく」

 続いて薬指を曲げる。

「ひとつ、分割払いを求め再調停の席に着く」

「な、にを勝手な……不当な要求だ!」

「そして、ひとつ」

 最後に小指を折り、掌を握り締める形にすると、黒羊は喚くイブリスの前で動きを止めた。

「異議がございましたら、正式に調停局に再審議を訴えなさいませ。この場合、当然公開となります。侯爵家と伯爵家の次代を担う方々の争いとあらば、国王陛下を始めとする王国の主だった方々には知れ渡ることになるでしょう」

「僕を脅すつもりか……!」


 激昂して黒羊の胸ぐらを掴もうとするイブリスを、銀狼が片手で制止する。

「戯けたことを。自分に正当性があると思うなら、万人の前で堂々と主張するがいい。そのための公開審議だ」

 調停に関わる法には不公平がないよう幾つかの救済措置がある。公開による再審議は、弱者が不当に望まぬ合意を強いられた際の抵抗手段だった。


「僕はただ、真実の愛を貫いただけだ! 後ろ暗いことなどない」

「ならば真っ当な手段を踏み、伯爵令嬢に頭を下げて婚約を解消すべきだったな」

 銀狼は身勝手な戯言を一蹴するが、イブリスは往生際悪く抗弁を続ける。

「なぜ僕があんな女に? そもそもあいつが大人しく身を退いていれば」

「逆に訊くが、なぜ彼女がお前のために我慢する必要があると? 貴様らの真実の愛とやらに協力する義理など毛ほどもなかろうよ」

 どうせ理解も納得もしないだろうと諦めながらも、銀狼は追及せずにはいられなかったらしい。当初からイブリスに対する心証が悪いのだ。


 無論、黒羊も同様だった。

 きちんと手順を守る手間を惜しんだのか、その知恵すらなかったのか知れぬが、容易に愛を語るなど片腹痛い。

「私どもにも、あなた方の個人的事情を忖度する義理はございませんの」

 底が知れた真実とやらを、客観的事実と容赦ない現実で追い詰める。

「さあお選びくださいな」

「……いや、ま、待て。待ってくれ」

 分が悪いと観念したのか、イブリスは一転して懇願した。

「確かに、考えてみればアリアベルには気の毒なことをしたかもしれない。僕がルルを選んだせいで、傷つけてしまったんだろうな」

「はあ……まあ、そう思われるのであれば構いませんけれど」

 的外れな科白に、黒羊は思わず嘆息する。

 能天気なのか、おめでたいと言うべきか。脳に廻る血液が砂糖水か蜂蜜酒なのかもしれない。


「哀れなアリアベルが得られぬ愛の代償を求めるのも無理はない。そういうことだな、取立人」

 ひとり悦に入って頷きを繰り返すと、イブリスはわざとらしく自嘲した。

「しかし残念だ。本当に申し訳ないとは思うのだが……いや、僕とて何も金銭を惜しんだ訳ではないんだ。致し方なく、なんだ」

「ああ、そうでした」

 ようやく話が進むと安堵して、黒羊は切り込む。

「うかがっておりますよ。資産をお持ちではないそうですね。加えて侯爵家の援助も受けられないと」

「そうなんだ!」


「お前たちが赴くべきは父のところだ。僕には自由になる資産がない。それとも僕がガンダイル侯爵を嗣ぐのを待ってくれるのか?」

 イブリスの主張を聞き、覆面の男女はお互いに隠れた顔を見合わせる。退屈するほど想定内の回答だった。

「なるほど、支払えない・・・・・と仰るのですね?」

「そうだ!」

「さて、どうかな」

 くくっ、と意地の悪い笑い声を立てながら、銀狼が懐に手をやる。

 もう一枚、丸められた書状が現れた。

「イブリス・ガンダイル」

 書状には王国の機関のひとつ、人民省私財管理局の印章が押されていた。

「この邸宅の所有者名だな」

「あらあら、本当だわ」

 元より承知している黒羊が、敢えて大仰に書面の内容を確認する。

 イブリスは絶句した。


「……馬鹿な。そんなはずは……」

「残念だったな。どうやらガンダイル侯爵と示し合わせて、アリアベル嬢との調停以前に名義の書き換えを試みたようだが」

 銀狼は書状から、この別邸に関する記載を拾い上げる。

「祖父上からの相続財産として孫イブリスが取得。当年に入り、ガンダイル侯爵への名義変更申請あり。ただし名義書き換えにかかる税金が未納のため、不備扱いで据え置きとなっている」

 お粗末すぎて話にならない、と銀狼は嘲笑した。

「そんな……父上が全部やってくれたのでは……」

 あからさまに狼狽して、イブリスはわなわなと震えた。

「資産譲渡にかかる税は申請者に課せられます。納付書は貴方様のところに届けられたはずですが?」

「学生とはいえ成人した大の男がどこまでも父親任せか。お父上も税の支払い程度は自分で始末をつけるだろうと放置していたのだろうが、目算が甘かったな」


「イブリス様……」

 目を白黒させて立ち尽くすイブリスの背後で、心配そうなルルティエの声が掠れて聞こえた。

【蛇足的設定補足】

税金の不備がなくとも詐害行為の取消を

訴えられれば詰んでしまう件です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ