表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/37

33.薔薇園に佇む 8

「さて、リーナ――黒羊」

 アリアベルに話すリーナを遮り、シルヴィがその二つ名を呼ぶ。

「お前はアリアベル嬢を見張るのに集中していい。カンパネルの拘束を解け」

「勝手だこと。構わないけれど、どうなさるの?」

「始末をつけるだけだ」

「あら……意味があるのかしら」


 不服ながらも、リーナはシルヴィ――銀狼の言に従う。

 元より彼ら主従の柵には興味がない。長年仕えてきた側近への対処は、確かに主人であるシルヴィが相応しい。

 リーナが魔法の効果を消すと、身動きができなかったカンパネルは勢い余って地に倒れ込んだ。膝をつき、立ち上がろうとするも、手足が痺れているようだ。

 シルヴィは剣をカンパネルに向けた。夜会では帯剣していなかったはずだが、一度リーナと分かれた際に用意したのだろう。


「聞こうか、カンパネル。お前はフレディ兄上に荷担した」

「殿下……私は」

「私が自ら次期王位を望んでいると偽り、学院の生徒を派閥に勧誘したな? 主に第二王子……セルティ兄上の派閥の子弟を」

 カンパネルは歪んだ顔を上げた。

「尤もそれ以外の子弟も皆無ではない。あまりに偏っていては不自然だからだろう。まあ、巧く選んだものだ」

 口端だけで皮肉気に笑うシルヴィの表情には、僅かな自嘲が含まれている。

「中立派でも決して第一王子に与しないような家、或いは第一王子派でも裏切る可能性が高い家を敢えて狙ったようだな」


「お前が声をかけた子弟たちについては、そこにいる……ディーバ家のご令嬢の協力で調べがついたのだがな」

「ルルティエ嬢が……?」

「そうですー」

 少し遠巻きに場を窺うルルティエは、名を出されて得意気に言った。

「学院でそれなりの家の男子生徒は、殆どみんな知ってるんです、私」

「彼女は学院の男子生徒に顔が売れているうえに、不自然なく近づける。適材適所と言うべきか」

 実のところ、該当の貴族子弟を特定するために、様々な手練手管や搦め手を用いたのだろうが、金銭で雇われ仕事を請け負っただけのルルティエは余計な主張はしない。

「ルルティエ様……」

 ただの身持ちの悪い女だと思っていた相手の意外な素顔に、アリアベルは軽く目を瞠った。


「殿下、お聞きください。私はただ、殿下の御為にお味方を増やそうとしただけなのです」

 カンパネルは必死の形相で言い訳をした。

「ほう?」

 片眉を吊り上げ、シルヴィは鼻で嗤う。 

「私に黙って、隠れてやる必要があったのか?」

「それは……殿下はお気に召さないだろうと、勝手をいたしました。確かに軽々しく派閥などと出過ぎた真似でした」

 項垂れるようにカンパネルは肩を落とすも、すぐに顔を上げて反論する。

「しかし!」


「もし私が第一王子に与するのであれば、迂遠に過ぎるとは思われませんか?」

 であれば――最初から率直に第一王子派に勧誘すればいい、と言うカンパネルの主張は一見正しいように思えた。

「どうかな? 先日学院で私を襲った刺客を手引きしたのもお前だろう?」

「例の侵入者騒ぎを子爵が?」

 未だ警戒が解かれない学院に通う生徒として、アリアベルは驚愕の声を上げる。

「あのタイミングはお前でないと不可能だ」

「そして……子爵は本気で殿下を弑するおつもりではなかった」

 おそらく偶然ではなく恣意的に、その場に居合わせることになったリーナが、事件時の印象を抑揚なく述べた。

「シルヴィ殿下が『敵に襲撃された』という事実と危機感を、取り込んだ生徒たちに認識させるのが目的だったのでしょう?」


 次期王位を狙っているとされる第三王子を害するのであれば、相手は当然兄王子たちと導き出される。あとは憤慨する者に情報を与え、誘導するだけでいい。

「黒幕は第二王子……セルティ殿下だと吹聴されたのですね?」

「第二王子派閥の力を削ぐに止まらず、弟同士の潰し合いを仕組むか。フレディ兄上も王太子の地位欲しさにやきが回ったとしか思えんな」

 シルヴィは緩く頭を振る。

 漸く顛末に気がついたアリアベルが、はっとして息を呑んだ。

「では……先程仰られていた、夜会で起こそうとした騒ぎというのは」

「自称『第三王子派』による、第二王子への糾弾でしょうね。だから児戯なのですよ。別に何かの成功を求めた行動ではなく、得るものもない。まあ、そうでしょうとも。煽った側にしてみれば、ただ対立が表沙汰になり、両陣営の敵対意識が尖鋭化すれば、それだけでよい」

 リーナはアリアベルの推測を補足した。


「誤解です……私は!」

 膝をついたままカンパネルは悲痛に叫んだ。

「我が殿下が王太子の地位に就くのであればと!」

「それも嘘ではないのだろうな」

 シルヴィの笑みは冷たく深く、翳りを濃くしていた。端麗な顔立ちを彩る憂いは、より一層の威圧感を見せつける。

「お前の野心は……将来的に王の直臣として権力を得ることにあった」


「いつからだ? お前の父カシオ・ブライドが違法ギャンブルに嵌まり、身を持ち崩した頃か?」

 亡き父親の名を出され、カンパネルの表情が途端に苦くなる。

「当時、私を含め王家の者は皆、子爵家の凋落に長い間気がつかなかったな。まだ子どものお前が必死に取り繕って、隠し遂せたからだ」

 シルヴィの口調には皮肉ではなく、本気の感心が含まれている。

「ええ……そうでしたね」


「殿下に我が家の窮状をお話ししたのは、父の死後でした」

 カンパネルは肯定する。金銭的にトラブルを抱えていた子爵家では、当然相続に纏わる揉め事もあったのだろう。

 最終的には王子の乳兄弟という立場が功を奏し、カンパネルが子爵位を無事引き継ぎ、ブライド家は持ち直した。

「言っても詮なきことだが、想像するに、一時の不安と危機感が強迫観念となり、お前に地位への執着と権力志向を植え付けたのだろうな」


「だが、残念ながら私はまるで王位には興味がなかった。業を煮やしたか」

「だからと言って、主君を鞍替えするなど」

 境遇は同情に値するかもしれない。だが従者としてあまりの不遜さに、アリアベルは身を震わせる。貴族社会でも素直に育った彼女にとって、裏切りは侮蔑に値する行為だ。

「よりにもよってフレディ兄上を選ぶとは。まあ母上の意向もありセルティ兄上は強固な基盤を持っているから、お前ごときの力など不要だったな。それに性格的にも裏切り者を許すはずがないか」


「わたくしはセルティ殿下を直接は存じませんが、激しいご気性だと」

 アリアベルの言葉にシルヴィは深く同意する。

「弟の私が反旗を翻したとしても、間違いなく受けて立つタイプだな。一度反目すれば後戻りは難しかったろう」

 更に、とシルヴィは続ける。

「もし今日のような夜会で有力貴族を巻き込んでの対立行動を取れば、私やセルティ兄上の心証が悪くなるだけでは済まない」

「確かに……国王陛下の御前でそのような振る舞いをすれば、その場で拘束され、処断されることすらあり得ましょう」

「ああ。或いはそこまではいかなくとも、対立が泥沼化して、いずれ双方傷つけ合う事態は免れなかっただろう。まあ、言っては何だが、結果として致命傷を受けるのは第二王子派だったはずだ」

 己の容赦ない性格を自覚しているシルヴィは、救いのない未来を推測する。


「そのうえで、やがて私が裏で違法組織と関わった証拠を露見させ、叔父上の司法省に潰させる筋書きだな」

「違法組織?」

「子爵はシルヴィ殿下の名で、裏社会の者から活動資金や人手を拠出させていたのですよ」

 僅かに苦笑して、リーナはちらりとルルティエに視線を遣る。

 彼女がイブリス・ガンダイルの元でウィズ一家の人間を目撃していなければ、発覚はかなり遅れたに違いない。世の中どんな縁や偶然が左右するかわからないものである。

「叔父上は以前の因縁から、ウィズ一家絡みであれば、おそらく私が相手でも容赦しない。更に父親に足を踏み外させた原因たる組織を滅すことができれば、復讐も成るか」


「だがお前は――負けた」


 シルヴィは凍えるほどの冷ややかさで、敗残者を見下ろした。

「そろそろ観念するがいい、カンパネル」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ