26.薔薇園に佇む 1
高貴が香る
美しき薔薇の園
君臨する者が相応しい
頭上に戴く存在は
誰よりも壮麗に輝き在る
薔薇園に佇む
王の庭に独り立つ
彼のひとに皆、跪く
◆ ◆ ◆
「『薔薇の夜会』……ですか」
「正式な招待状はレイン家に送る。王家からの誘いだ。断ることはできない」
「別に断りません」
「私の花嫁候補として紹介するためでも?」
「……仕方ないでしょう」
「では、ドレスを贈ろう」
どこまでも優美な仕草で、第三王子シルヴィはシャルアリーナ・レインの手に唇を近づけた。
学院のカフェテラスで、他生徒たちの見守る中で演じられたやりとりは、二人の仲を改めて公のものとして見せつける。
ファンの女子生徒たちからは悔し気な声が上がり、男子生徒からは見定めるような視線が投げ掛けられる。
シルヴィもリーナも傍目を気にしない。
むしろ今は無関係の他者が少しでも多い方が安全だと知っていた。
先日の騒動から2週間が経過し、いったん休校になっていた学院の授業が再開された。破壊された学舎の一画はまだ復旧されていないが、もともと王子個人に宛がわれた部屋や来客時の客室があった場所で、授業を受ける教室棟とは離れている。
とは言え、貴族階級や平民でも力ある家の出身者の生徒が多いため、警備を強化し安全宣言をするには幾許かの時間を要した。
何より犯人がまだ捕らえられていない。第三王子を狙ったとされる背後関係も不明のままだ。
だが永遠に休校する訳にはいかない。魔法省の手練れにより結界は強化され、物々しい巡回警備に多くの兵を動員したうえで、学院の閉鎖はようやく解かれた。
巻き込まれた形のリーナも、特に変化なく登校している。
実父であるレイン伯爵は相変わらず一人娘に無関心で、王族と結婚話が持ち上がっているのであれば多少の危険は致し方ない、といった風だ。無論、伯爵家自体の警備はシルヴィが手配済だった。
リーナが熟達した魔法の使い手だという事実は、未だシルヴィとその腹心にしか知られていない。もし第三王子を狙う一味がいるとしたら、最も危険なのは誰なのか、問うまでもなく明らかである。
しかしシルヴィはリーナを構うのを止めない。
逆に王子たる自身が常に目を光らせていると知らしめて、リーナを守っているのだろう。
「素直だね、可愛いひと」
「そう……ですか?」
「嫌がらないだろう? 前はもっと渋い表情をしていた」
口づけをしたリーナの手をそっと握りしめたまま、シリヴィが微笑んだ。
「慣れただけです」
リーナは呆れたように嘆息する。
「憂い顔の君も魅力的だな」
シルヴィが碧眼を眇める。
砂を吐きそうな甘い科白に、リーナは悪酔いすら感じた。
王子は実は美的感覚がずれてるのではないか、と周囲から心配されているのだが、自覚しているのだろうか。
「……そうだ」
ふと思いついたようにシルヴィが問うた。
「ドレスの色は何がいいかな」
「色……」
「ああ、希望を訊こうか?」
回答を知っているような素振りに、相手の底意地の悪さを垣間見て、リーナは眉を顰めた。
当然、リーナの要望は決まっている。
彼女が纏う色はひとつしかない。
「――黒を」
「やはり黒か」
予め解っていたとシルヴィは頷く。
「染まらない色が相応しいか」
「ご存知でしょうに」
「この髪も」
シルヴィの指がリーナの前髪を掬った。
「瞳もそうだ。君の色だな」
指はするりと頬を滑り、薄い唇に辿り着く。
「ここは紅く染めるといい」
「言われなくとも」
「私に拭わせるために」
「どうでしょう、それ」
リーナは冷ややかな視線を向けた。返す瞳に情欲の色は見えない。
だからこそ平然とあしらえる人物であり、ある意味では信用に値しない相手でもあった。
嫌な男だ、とリーナは思う。
胡散臭い笑顔を絶やさずに、つまり自身を曝け出すことなく、他者を思いのまま操ろうとする。とても嫌なタイプだ。
同族嫌悪とでも言うのだろうか。
シルヴィもリーナに興味は抱いているものの、おそらくは利用価値以上の評価はしていない。そして自分自身も見極められていることを知っている。
本当に嫌な男だ。長くもなく深くもない付き合いで察してしまった事実こそ、リーナには不愉快極まりない。
傍からは二人の会話は聞こえないため、熱烈に愛を語り合ってる姿としか映らないだろう。
シルヴィはそうと承知しながら、半ば見せつけるためにリーナの耳元まで唇を寄せ、口づけるように密かに囁いた。
「その夜会だが」
「シルヴィ様?」
「カンパネルにはルルティエ・ディーバを伴うように命じてある」
リーナは黒瞳を大きく瞠く。
ようやく驚かせることができた、とシルヴィは愉快気に笑った。




