表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/37

23.題名のない狂想曲 4

 第三王子が次代の王位を狙っている――。

 銀狼が口にした推論は、決して突拍子のないものではなかった。


 現国王ハネス・フランディル・サビ(ハネス二世)は即位して15年近くにもなるが、未だ王太子を定めていない。

 順当にいけば、本来長子たるフレディ王子の立太子は揺るぎない筈だ。

 ただ第一王子の母は亡くなっており、その実家も名門ではあるが今一つ人にも財にも欠ける家で、後ろ楯が弱かった。更に彼は極めて凡庸な男で、王は物足りなさを覚えている。


 第二王子以下の弟妹は後妻である現王妃の実子である。現王妃は大臣級の重臣を幾人も擁する家の出身で、縁戚に有力貴族も多い。

 次男のセルティ王子はなかなかに才覚ある人物と噂される。その上、非常に野心家であるらしく、事あるごとに異母兄の第一王子と張り合っている。激情的な性格がやや問題視される反面、人情家の側面もあり、慕う者も多い。

 末弟であるシルヴィ王子、彼については語る必要もないだろう。兄弟の誰よりも秀でており、外見は華やかで人当たり良く、学院でも支持者は数え切れない。


 フレディ王子は21歳、セルティ王子は三つ下の18歳、シルヴィ王子はまだ16歳の学生である。王太子を決めるには遅いが、第三王子が学院卒業後、本格的に国政や外交に携わるようになってから、と王は宣言している。

 第一王子と第二王子のどちらを後継にするか決めかねているのか、王位継承には興味がないとされるシルヴィを勿体なく思っているのか、はたまた別の思惑か。人々の憶測を呼んでいた。


 将来は王弟ハミルのような、王の補佐的立場になりたいと自ら標榜するシルヴィは、実は内心で虎視眈々と画策しているのだろうか。

 在学中に配下を増やし、兄たちに反旗を翻す機会を窺っている。

 如何にも世にありふれた話ではあるが……。


 思ったより話が大きくなり、リーナは困惑する。

 第三王子や継承争いに深入りするのは危険だと本能が訴える。しかしリーナはまだ肝心な話を聞き出せていなかった。

「これは……ルルティエ嬢から偶然うかがったのだけれど」

 情報の餌に後輩の少女の名を出すと、イブリスはばっと顔を上げた。

「貴方と親交があるウィズ一家のこと。もしかしなくとも、もともとは第三王子殿下の繋がりなのではなくて?」






 種明かしをすると、イブリスの謹慎する屋敷に悪戯を仕掛けたのはリーナだった。無論、悪意や揶揄い半分ではなく、彼の疑心暗鬼を誘うための作戦である。

 先日偶然にも、ルルティエからウィズ一家とイブリスに何らかの関係があるのを聞かされた。使い走りをしていたトルスト・ズブロも口を割った。

 仔細を確認すると、ガンダイル侯爵にも内密なうえ、イブリス自身の意思で動いている状況ではないらしい。名門貴族の令息がいったい何に巻き込まれたのか。

 背後を炙り出さなければ、ウィズ一家を探るのは難しい。そう判断したリーナは、イブリスを揺さぶってみた。

 次期侯爵の立場を失った結果、水面下の敵がいれば勿論、味方と雖も排除の動きがあっても不思議はない。

 観察しても特段本物(・・)が蠢いている気配はなかったが、イブリスには潜在的に不安があったのだろう。リーナの工作は功を奏した。



 追い詰めれば思い込みから騒ぎを起こすかもしれない。ウィズ一家とより繋がりの強い相手を見出だせれば重畳だ。

 そんな思惑で藪をつついてみたところ、予想以上の毒蛇が出てきてしまった。


 第三王子――。


 この符号は果たして偶然なのか。

 リーナの過去や正体など知る由もない、本来であれば僅かにも接触する余地のない相手が、伯爵令嬢と取立人、両方の立ち位置から時期を同じくして、それぞれ別の理由で関わらんとする。常識的に考えてあり得るだろうか。


 尤もいくらシルヴィ王子が不穏でも、リーナが現状ウィズ一家の情報を欲している以上、虎穴に入ることも必要である。リーナは切り込むために覚悟を決めた。

「ウィズ一家は……」

「い、いや。それは」

 イブリスはその名を出されてからあからさまに視線を泳がせ、ますます怪しさが増していた。

「表の商会だけでなく、裏のならず者集団をいくつも束ねているウィズ一家ですもの。貴族階級の方々がお世話になることも、多々ありましょう?」

「そ……そうだな」

「ただ、王公貴族の争いに直接関与する程向こう見ずではないはず。裏社会の者たちは無闇に王権には逆らわないけれど、阿ることもしないでしょう」

「奴らが宗旨替えしたのでなければな。どうなんだ、イブリス・ガンダイル。今更取り繕っても無駄だろう。女を守りたくば腹をくくれ」


 銀狼がルルティエについて持ち出すと、イブリスは観念して肯いた。

「僕に持ち掛けられたのは……我が領地の特産品について、ウィズ一家お抱えの商会が優先的に取り扱えるよう便宜を図れという話だった。今すぐでなくとも、将来的に僕がガンダイル侯爵を嗣いだなら」

「見返りが第三王子への支援だと?」

「ああ、そうだ。……もはや叶わないがな」

 喪失した未来に想いを馳せ、イブリスは自嘲しながら言った。

「父は第二王子の派閥だ」

「ああ、そういえば現王妃陛下のご実家とガンダイル侯爵家は縁続きでしたね」

「まあ遠縁に過ぎぬし、父上はどちらかと言えば保守的な人間だから、さほど強硬派ではないが……どの道、いずれ衝突は避けられぬだろう。当面は悟られぬよう内密に話を進めろと命じられたんだ」


 おそらくイブリス以外にも、学院に籍を置く有力貴族の子弟の多くに持ちかけれらたに違いない。実現すれば近い将来、国内勢力図が大幅に塗り替えられる。

 政治だけに止まらず、経済活動にも大きな影響を与えるはずだ。それが平和たるべき学院の舞台裏で進行している。

 リーナには何やら空恐ろしく感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ