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22.題名のない狂想曲 3

 イブリスの話は以下の通りだ。


 廃嫡されてから、イブリスは王立学院を休学し、そのまま王都郊外の別邸で謹慎していた。

 爵位の継承権は失ったとはいえ、ガンダイル家から完全に放逐された訳ではない。父親である侯爵の意向で、ほとぼりが冷めるまで大人しくしているよう厳命が下った。気力を取り戻せないイブリスは素直に従った。


 謹慎中の屋敷の周辺で異常が発生したのは、最近のことである。

 まず、どこからか監視されているような視線を感じた。当初は父親が息子の動向を見張っているのかと思った。

 しばらくして使用人からも不審の声が上がる。

 怪しい人影を見た。夜中に物音がした。犬が警戒して吠える。庭の花が無造作に手折られる。

 その頻度は段々増えていった。やがて、窓ガラスが割られたり、廊下にわざとらしく足跡が残されるようになる。


 迫る恐怖は徐々にではあるが確実に、邸宅の外から内へ、更にはイブリスの居室に近づいている気がした。


 そこでようやく思い至る。

 これは――もしや脅しではないだろうか。

 立場を失ったイブリスには、もはや利用価値など存在しない。

 逆にいつまでも王都の近くに留まれては困る。早くイブリスに消えてほしい。そういう脅迫ではなかろうか、と。



 + + +



「僕は近々領地行きとなり、おそらく二度と王都には戻らないだろう」

 イブリスは渋面を作って語ると、最後にひとつ嘆息した。

「父にも厳しく言われている。家の方はそれで落ち着くのだろうが……心配なのは、ルルだ」

「ああ……なるほど? それで執行課を訪ねたと」

 芯のぶれないイブリスにやや感心しつつ、リーナは尋ねた。

「貴方の目的は、彼女?」

「そうだ」

 恥も外聞もなく、意外にもイブリスは頭を下げて頼んだ。

「お願いだ。もう僕はルルに会えない。でももし彼女の身に危険があったらと、心配で胸が張り裂けそうなんだ! お前たちならルルと繋がっているだろう!?」


 分割弁済を継続しているルルティエ・ディーバについて、執行課が把握しているのは明白だ。彼の判断は正しい。

「イブリス・ガンダイル様……愛した方の心配をなさる貴方のお心は、とても尊いものと存じます」

 必死の形相に負けて、リーナはその点だけはイブリスを評価する。 

「けれど、前提のお話に疑問がありましてよ」

「何だと?」

「単に貴様の被害妄想ではないのか?」

 銀狼の言は相変わらず容赦がなかった。

「でなければ、未だ領地に引き篭もらぬ貴様を邪魔に思う、身内の誰かの嫌がらせだろう」

「……馬鹿な」

 剣で打ちのめされた過去を思い出して、イブリスはびくりと震える。

 リーナは深く息を吐いた。


「まあよろしいですわ。私どもも、ディーバ男爵令嬢のことは気にかけておきましょう」

「そ、そうか……ありがたい。恩に着る」

「ですが」

 声を低くしてリーナは確認する。

「貴方様が、或いはルルティエ嬢までもが狙われるお心当たりを、お聞かせ願えませんか? 彼の言うように、お身内の仕業とは思ってらっしゃらないでしょう?」

「いや……その」

「いったい貴方を利用し捨て去り、脅迫する人物はどなたです?」

「……そ、れは」


 言葉を飾らず切り込んだリーナに、イブリスは口ごもる。

 恐怖が幻影だとしても、僅かの火種もなく煙は生じないだろう。リーナは確信している。


 イブリスは躊躇った。

 だが、迷った末に回答を口にした。



「……第三王子」



「何?」

 意外な人物にリーナが驚くよりも先に、銀狼が反応した。

「王子……だと?」


「まさかだろう。貴様、いい加減なことを口にすれば叛逆罪に問われ、斬首されても文句は言えんぞ」

「嘘じゃない!」

 信憑性がないと責められ、さすがにイブリスも声を荒げる。

「僕は第三王子――シルヴィ殿下に忠誠を誓った」

「……確か学院で、同じ騎士科に籍を置いていらっしゃる」

「いや、王子の取り巻きに貴様がいるとはついぞ聞かないが」


 そうなのか、とリーナは首を傾げる。

 銀狼の情報網であれば疑いはないのだろうが、侯爵家の嫡男が年齢の近い王子の派閥にいるのは、特に不思議ではないように思われる。

 リーナが第三王子と関わるようになってまだ日は浅い。確かにあまり特定の人間とつるんでいる様子は見かけなかった。精々が乳兄弟のカンパネル・ブライドを傍に置いている程度だ。

 しかしイブリスの話が真実であれば、実態は異なるのかもしれれない。

 優秀で人望もありながら二人の兄のどちらにも与さず、自らも野心を見せない。そう評される彼も、裏では密かに勢力を伸ばしつつあるということか。もしやリーナに声をかけたのも、その活動の一貫だった可能性もある。


「表立っては警戒されるから、と直接のお言葉はいただいてはいないが……」

「警戒? どなたにです?」

「決まっている。第一王子フレディ殿下と第二王子セルティ殿下だ。学院には僕のように影ながらシルヴィ殿下を支えんとする人間は数多くいるんだ」


「……それは、つまり」

 リーナは息を呑んだ。

 苦々しく、或いは忌々し気に銀狼が続ける。

「つまり貴様はこう言いたいのか」


「第三王子が兄王子らを追い落として、王太子の地位を狙っていると」

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