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狼の独争  作者: 紅崎樹
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トゥリカ・パジテの場合

20 トゥリカ・パジテの場合

 俺はトゥリカ・パジテ。王宮で働いている。と言ってもやっていることと言えば『掃除』なんだけど。

 しかし王宮はとにかくだだっ広いし常に綺麗にしていないといけないから、これは割と重要な役目なのだと思っている。つまり、自分の仕事には誇りを持っているってこと。王宮に勤めているだけあって、掃除のお兄さんをやっているだけでも十分生活していけるしね。

 今日から年末年始休業。だから、自分の家でゴロゴロしながら時間をつぶそうと思っていた所なのだが。


「何でお前ら家に居んだよ?」


 他人の家のソファで勝手に寛いでいるのが三人。

 右からリズ、メイリア、クアエル。三人とも俺と同じ王宮の掃除係だ。

「だって年末年始休業とか言ってもさー」

「私ら普段は王宮に住み込みで働いてるじゃない?」

「実家に帰るのもなんか面倒だし、かと言って他に行くところなんて……」

「「「此処しかないでしょ!」」」

 まるで三つ子みたいなシンクロっぷりだった。

 全く仲が宜しいようで。

「クアは別にいいとして、リズとメイリアはどうなんだ? 男の家で四日間も過ごすつもりかよ」

「だってトゥリカとクアは絶対に手え出さないもん」

「むしろ襲われないように気を付けているべきなのはあんたらの方かも知れないわよ?」

 メイリアがクアエルの肩に手を回しながら言った。こ、怖え……。

「年越し蕎麦とか食べないの?」

 リズが言った。自由すぎるにも程があるだろ。

「あら、ちゃんと買ってあるじゃない。これ茹でていい?」

 メイリアなんて勝手に他人の台所の棚を漁っている。俺はその質問に頷きながら、この四日間は体を休められそうにもないなと思った。

「クア……、俺たちならこの地獄の四日間を乗り越えられるはずだ……」

 スナック菓子を食べていたクアエルに声を掛けたら、「何のこと?」とでも言いたげな顔をしながら首を捻られてしまった。


 数分後、メイリアが茹でた蕎麦を啜りながら、この一年で一番印象深かったことを皆で言い合った。

「俺は何と言っても殺人鬼レイだな。今年はデジウカでの犯行が多かったじゃん?」

「あと、レイの犯行を模して九人も殺しちゃった女の子いたわよね」

 なんでも殺人鬼レイは人を殺した後、さらにその死体をぐちゃぐちゃに引っ掻き回すんだとか。そんな奴が自分の住んでいる地域に来ているのかと思うとぞっとする。そしてメイリアに言われるまで忘れていたが、レイの犯行を真似したという少女。殺人鬼の真似をしようという神経が考えられない。別の話を出すべきだったかな、と後悔した。さっさと別の話題に移らせよう。

「次、クアは?」

「僕はやっぱり、ウルフが一番印象的だったかな」

 ウルフとはウルフ・ヌナークソンという少年のことだ。俺等よりも年下だがしっかり者で、今年の六月から王宮で働き始めた。入ってきたばかりの頃は俺等と一緒に掃除係をしていたこともあった。今では国王様のボディーガードをしているようだけど。

「あの子は可愛かったよね。弟にしたいくらいだわ」

 メイリアがときめきながら言っている横でリズが不思議そうに首を傾げながら、「ウルフは女の子だよ?」と言った。

「「「え、そうなの?」」」

 リズ以外の三人の声がぴったりと重なった。コントかよ、と突っ込みたくなってしまうくらい綺麗なシンクロっぷりだ。今回はそのうちの一人に自分も入っているのだが。

「なんでお前、そんなこと知ってんの?」

 彼の一人称は『僕』だったし、名前からして女子ってことは無いんじゃないだろうか。それに体型的にもとても女子には見えなかったけれど。十四歳だと言っていたから、流石にその年になれば、女子ならばもっと丸みのある体型をしているはずだ。

「だって、一緒にお風呂入ったもん」

「……」

 何でそんな仲良くなってるんだよ! どんな状況だったんだよ。……いや、そうじゃなくて。なんで男がいるところでそういうことをさらっと言ってしまうのかなあ!?

……はあ、訊かなければよかった。

「確かにお胸は小さかったけど、ちゃんと女の子だったよー」

「もういいから!」

 リズの台詞を遮ろうとしたがうまくいかなかった。そしてメイリアも「お風呂……羨ましい……!」とか呟かないでくれよ。聞かれないように言ったつもりなのかもしれないけど、普通に聞き取れる音量だった。

 こうなると逆に、一人で騒いでいるということの方が恥ずかしい。あーあ、誰だよ、ウルフの話題にした奴。

「そう言えば、トゥリカはウルフのことをあまりよく思ってなかったみたいだったよね。どうして?」

 と訊いてきたのはクアエル。こいつが「ウルフが印象的だったな」とかなんとか言ってなければ、俺が恥をかかずに済んだのに。

 それにしても、どうしてと言われてもなぁ。

「ウルフを女の子だと認識した今、彼女のことを思い出してどう思う? あんたの好みな感じじゃない」

 メイリアが更に質問をぶっこんで来た。

「いや……」

 俺はウルフのことを思い返した。

 首のあたりで切りそろえられた色素の薄い髪。切れ長な目にビー玉みたいな瞳。すっとした鼻。色白な肌。ほっそりとした体型。確かに俺は巨乳よりも貧乳の方が好きだし俺より身長が低いという条件にも当てはまってはいたが、流石にそういう目で見るには年が離れすぎている。それに――

「なんかあいつといると、底の方まで見透かされてる感がして嫌だったんだよな」

「底の方まで?」

「見透かされてる感……」

 そう。彼――いや、彼女といると俺の全てを見られている気がしてならなかった。その時俺が考えていたことすらも、ウルフに対して筒抜けのような気がした。

 ビー玉みたいな瞳。ガラスみたいに冷たくて、温かさを感じなかった。その冷たい瞳で覗かれると、ぞっと寒気がするようになった。

 そして爽やかな雰囲気を醸し出していた微笑み方。初めは好印象に見えたが、だんだん作り物の仮面をくっつけているだけにしか見えなくなった。整った顔立ちと真っ白な肌が、余計にそう思わせていたのかもしれないけれど。

「確かに僕も、ふと考えていたことを言い当てられちゃったりした時は吃驚したな」

「私もそういうのはあったけど、でもそんなに嫌な感じはしなかったわよ」

「トゥリカみたいに思う人は少なかったんじゃないかなー。だって、入ってちょっとでいろんな人たちと仲良くなってたし」

 確かにそうなのだが、そうやって周りと仲良くしようとしている姿も俺には頑張ってやっているようにしか見えなかった。頑張っていろんな奴と知り合って、情報を集めようとしているかのような感じがしたのだ。

「トゥリカ、それは流石に考え過ぎだよー」

 そう言われてしまえばそうなのだろうけど。

「ウルフと言えばあの娘、国王様のボディーガードとして随分活躍してるみたいよ」

「そうみたいだね」

 皆知っているらしい。俺は全く知らなかったんだが。

「トゥリカは相変わらず自分に関係のない情報に疎いんだね」

 そう笑ってくれるな、クアエルよ。

「でも、元々ワヌーム隊の戦闘部隊に居たんだろ? それなりの活躍はするだろうさ」

 情報に疎い俺でもそのくらいのことなら知っている。なんでも、あの歳で戦闘部隊の主力だったんだとか。

「それなりどころじゃないんだって。国王様が『どんな危険なところへ行こうとも、ウルフさえいれば安心だ』と仰っていたらしいし。まあそれは冗談の類だったとしても、随分気に入られているみたい」

「へえ、凄いんだな」

 俺たちなんかとは住む世界が違うわけか。自分の仕事には誇りを持っていると言ったが、掃除係なんて別に俺がしなくても代わりはたくさんいるのだ。しかしウルフの方はそうじゃない。ウルフだからこそ為せる仕事をしている。そういう人がいるのだと思うと、少し自分が情けなく感じてしまう。

「……皆知らないようだけど、ウルフって今逃亡中らしいよ」

 クアエルの言葉に俺は耳を疑った。

「え、何それ」

「っていうか、何でこのタイミング?」

「いやあ、さっきから言おうと思ってたんだけどタイミング逃しちゃって」

 逃亡中ってどういうことだろう。何か悪い事でもしたのか? それとも、国王様に気に入られたことがプレッシャーになって逃げだしたとか?

 彼女に限ってそんなことはなさそうだけれど。

「どうして逃亡なんかしたんだろうね」

 どうやらクアエルも詳しい事情は知らないようだ。

「ウルフが幾つか重要な情報を握ったまま出て行っちゃったから、上の人たちが血眼で探しているらしいよ。正月どころじゃないんじゃないかな」

「そりゃあ気の毒だ」

 そう言いつつも、俺たち下っ端には関係のないことだなと思った。


「あ、ねえ。カウントダウン始まったよ!」

 あの後、ウルフの話題からは離れて別の話題で盛り上がったり時間潰しにカードゲームをしたりして。気が付けば今年も残すところ僅かだった。

「来年もいい年になりますように!」

「5、4、3、2、1……」


「あけましておめでとう!!」


「それでは、一人ずつ順番に今年の抱負をどうぞー!」

「えーっと、それなりに幸せに生きていきたいです」

「えー、なにその適当加減!」


 いつもは俺が寝るためだけに使っているその家が、その日はとても賑やかだった。


 休み明け、俺たちは仲良く四人で出勤した。住宅街は静かだが、商店街は初売りで大賑わいである。

 そんな様子を見てようやく俺は実感するのだ。

 

 年が明けた。

 (トゥリカ・パジテの場合――完)

王宮でのウルフの様子はこの話だけで済ませてしまう予定です。間がすっぽり抜けた感はありますが、そういうのもこの話の雰囲気に合っているからありかなーと思います。

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