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狼の独争  作者: 紅崎樹
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トーマ・タツェリオの場合-4

11 トーマ・タツェリオの場合‐4

 反乱軍の件に関わり、アンネ・スカーレットの見舞いへ行ってきた翌日、ウルフは次の仕事を見つけたようだ。学校から帰ってくるなり話があると言って呼ばれた。

「カサル・ゾアークから腐臭がした。香水の匂いでほっとんど消されてたけどな。あと、本人やほかの奴らは気づいてなかったっぽいけど、髪の毛の先が微かに黒くなってた。あれ多分、血液だ」

 俺は慌てて資料を取り出す。ウルフがカナとして学校へ入る前に、調査部隊が調べた情報をまとめたものだ。流石に全校分の生徒の情報は載っていないが、カナが所属しているクラスの生徒くらいは資料を見れば一発だ。

「クラスメートの女子何人かに話を聞いてみたんだが、最近様子が少しおかしかったみたいだ。『いつも放課後は一緒に遊んでたんだけど、一週間くらい前から気が付くともう帰っちゃってるの』っつってた。反乱軍の件のことで頭がいっぱいだったからな、ちっとも気づかなかったぜ。よくないな」

 制服のままで、わしゃわしゃと頭を掻きむしるウルフ。身なりがちゃんとしていると本当に美人なのに、中身がこれでは台無しだ。

「それで? また、カティリアみたいな感じか」

 ウルフは、カサルの周りで人が死んでいるとみているのだろう。腐臭がしたというからには、遺体は放置されたままということか。

 そういえば、最近この辺りで連続殺人が起きていると聞いた。もしかすると、カサルの家族もその事件の被害者なのかもしれない。

 そう思っていると。

「いや、カティリアは、あいつはただの被害者の家族だ。カサルの場合は恐らく殺った側なんだろうぜ。そうじゃなきゃ、毛先に血なんて付いてねえだろ。恐らく、人殺して暫く経った後に血を落したら、固まってた一部がうまく落ちなかったんじゃねえかな」

 ……まさか。

「じゃあ、腐臭はどうなるんだ?」

「その辺はまだ、俺もよくわかんねえけど。とにかく、今日のあいつの顔はやばかった。よく今まで放置されてたなってくらいだ。今日はしっかり状況を把握して、明日から動き始めるよ」

 どうやらカサルを殺人犯と仮定して調査を進めるらしい。それにしても、殺人犯か。

 俺は、連続殺人の話をウルフに教えてやった。

「……とまあ、口頭で聞く分にはまるでレイの犯行かと思えるんだが、実際に遺体を見て見ると色々と違うらしいぜ。刺し方が浅くて原形がかすかに残っている分、更に見るも無残な光景らしい。全く、レイの犯行を真似ようだなんて、馬鹿な人間がいるもんだよな」

 話し終えてウルフの方を見て見ると、口をぽかんと開けて間抜けな面をしていた。

「……ウルフ?」

 暫くしてようやく口を開いたかと思えば、今度は剣幕な顔をして、地団太を踏み始めた。

「っざっけんなよ、その野郎、ぜってえ捕まえてやらあ! ふざけんな、マジ糞だろそいつ! ああ、ホント意味わかんねえ」

 なんだか知らないが、随分とご立腹のようだ。今までにも似たような事件はあっただろうに、何故その犯人にそこまで怒っているのか俺には分からなかった。まあ、殺人を犯した奴に対して怒りを覚えるというのは、別に変なことではないのでいいのだが。

「トーマ、情報提供、感謝!」

 怒りながらも俺に礼だけは言い、自分の部屋へ戻っていった。


 翌日、学校から帰ってきて早々、着替えるとウルフは家を出ていった。変装のつもりか、今日はいつもと少し違う格好をしていた。ワイシャツにジーンズ、伊達メガネをかけ、長い髪を丸めキャスケットの中に収納。小型のバックを肩からかけている。

「いつもので行ったら表情作んねえとだし、多分誰も取り合ってくんねえからな」

 とのことだ。確かに仕事時のウルフでは、誰も取り合ってくれなさそうだ。かと言って表情を普通にしてしまえば、クラスメートに見られたら一発でばれてしまうだろう。一方、メガネと言うのはとても手軽だし、有ると無いとじゃ顔の印象がだいぶ違う。とても便利なアイテムである。後ろの髪がなくなったことも大きいだろう。キャスケットの後の部分が膨れ上がっているのはやむを得ない事だ。

 俺は、もう習慣となってしまった家事をしながらウルフの帰りを待った。


「ただいま」

 ちょうど夕食を作り終えた頃、ウルフが帰ってきた。

「どうだった? なんかいい情報は得られたか?」

 訊くと、ウルフは肩をすくめた。この反応、駄目だったのか?

「よく考えて見りゃ俺、こんなの自分でやったことねえからさ、どういう奴にどんなことを聞けばいいのか今一わかんなくてよ」

 その言葉に、俺はもう呆れるしかなかった。往復の時間を抜いても結構粘ってやっていたのかと思ったが、案外、途方に暮れてうろちょろしていただけかもしれない。

 ……いや、流石にウルフに限ってそんなことは無いか。こうして一緒に生活していると時々忘れかけてしまうが、ウルフはこれでもこの仕事のプロなのだ。それに、頭はいいはずなので、容量が分からなくてもなんとなくで何事もこなせてしまう。

 そういう奴なのだ、こいつは。

 きっと、分からなかっただけで情報自体は得られているのだろう。

「ただ、カサルん家の近所にある店の店主から、カサルの親父を最近見かけねえっていう情報をもらった。あと、カサルはよくその店に顔を出していたらしいんだが、ここ一週間ほど顔を出してねえって。丁度カサルの様子がおかしくなったっていう時期と被ってる」

 やはり情報は得られたみたいだ。

 俺は、昨日見た資料の内容を思い出した。確かカサルは父親と二人暮らしだったか。

「これでカサルの家に入っていろいろ確認できればよかったんだけどなー、少し時間帯が早すぎたよ。カサルも家にいただろうし、侵入するにも周りの目があってできなかった」

「そうか。……て、おい!」

 思わず適当に流しそうになったが、今のウルフの台詞は問題だ。

「不法侵入は駄目だぞ!? 幾ら相手が犯罪者であろうが、相手に断りもなく家に入るのはアウトだって。今の発言、ワヌーム隊の沽券に係わるからな」

 つい大きな声を上げてしまった。ウルフも少し面食らったようで「……冗談だよ」とぽそりと言った。

「そんな事、俺がマジでするわけないだろ」

 不貞腐れてそっぽを向いてしまった。

「お前な……。今のはお前の責任だ。冗談でも、変なこと口に出さないでくれよ?」

 俺がそう言っても、ウルフは何も言わずに自分の部屋へ戻っていった。いつものように「わかってらあ」と軽く流されると思っていた俺としては、吃驚だ。今度は俺が面食らう番だった。

 ……難しいお年頃、と言うことなのだろうか。

 今回の発言を、俺は上に報告しなかった。


 翌晩、ウルフはカサルの家の張り込みに出かけた。ウルフはまだ、カサルが殺人犯だと確信できる情報にありつけていない。だから、逮捕に踏み込めないのだろう。

「掩護を呼んだらどうだ?」

 提案してみたが「いい」と言われてしまった。

 ウルフが出かけて行ったあと俺にできることと言えば、ウルフの帰りを待つだけだ。

「さあてと」

 俺は夕食の後片付けを始めるとしよう。


 ウルフが帰ってきたのは、日をまたいだ後だった。

「随分と遅かったな。お疲れさん、今日は水いるか?」

 もしかしたら、張り込み中にカサルに見つかりごたごたしていて遅くなったのではと思った俺は、一応そう訊いてみた。

「いや、水はいいや。それより、今日はきちんと収獲があったぜ」

 そう言いながら、ウルフは手に持っていたビニール袋を掲げた。

「ん、もしかしてそれ、物証か?」

「ああ。なかなか距離が詰められなくて、殺す前には間に合わなかったんだけどさ、殺し終わってめった切りにしてるところは見た。で、その後これを捨ててたんだ。回収してきた」

 袋の中身は、勝手に触ることはできないので確認できないが、服が入っているようだ。恐らく、返り血で汚れた服を脱ぎ捨てたのだろう。

 それにしても。

「遺体、ちゃんと処理してきたか?」

「ん? ああ。一応報告はしといたから、今頃回収されてると思うけど」

「そうか」

「とりあえず俺、上に報告と明日の掩護要求してくるわ」

 ウルフは欠伸をしながら自分の部屋へ戻っていった。

 そういえば、今の話の流れだと今日だって変死体を見ている筈だ。それなのに、水を飲まなかったのは何故だろう。少し引っかかったが、俺もそろそろ寝たかったし、そのうち忘れてしまった。


 その後、いたって順調に事は進んだ。結果としては、ウルフは無事カサルを逮捕できたようだ。今回の件で普段はやらないようなことまでできたので、ウルフにとって貴重な体験だったのではないかと思う。

 後日、付添い役のゲトル・ユノースから聞いたのだが、車の中で、ウルフは随分不機嫌だったらしい。

「一般人は殺人鬼になれないんだー、とか何とか言ってましたよ」

 とのことだ。何と言うか、実にウルフらしい台詞である。

(そういえば、俺が今回の事件について教えてやった時も犯人に対して怒っていたな)

 そこでふと思った。

 一昨日の問題発言は、事件を一刻も早く解決しなければという焦りからのものだったのではないか、と。何がそんなにウルフを怒らせていたのかは分からない。しかし、カサルが犯人だろうと思っても確信に至るまでの証拠がつかめず、ウルフは焦っていたのだろう。それならば、あんなことをぽろっと言ってしまうのも無理はない。

 そうであればいいと思った。

  (トーマ・タツェリオの場合――続)

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