ヒャッハー!
「なんてことを……! 絶望妖魔! ミズキ先輩を離せ!」
「ヒャッハー!!!! 現れやがったな! ティアキュート!! この女のエナジーからもうすぐ新たな妖魔が生まれる!! そこで見てやがれ!!」
夕焼けのビル群、その一つの屋上には、カナメにとって未知の光景が広がっていた。
ビルとビルの間で、黒い霧のようなものに包まれて浮遊する女子高生、それを見上げる位置にいる筋骨隆々の大男、そこに駆け付けた千歳。
「……一体これはどういう状況だ……?」
カナメは少し離れた別のビルの屋上から彼らを見下ろしていた。集音デバイスを飛ばしているのでイヤフォンから会話まで聞こえるが、内容がまったく意味不明だ。
「わっふ。検索したよ。縫い付けられている方の女性はカナメたちの通う高校の上級生、水木麻衣という子のようだね。新体操というスポーツの選手で、期待されているらしいぜ」
傍らに座り込み、端末をぽちぽちと叩いていたイーヌが情報を告げる。
「もう一人のあの男は?」
「そっちについてはなにもヒットしないな。そもそもアレは人間なのか怪しいもんさ」
イーヌの言葉通り、千歳と対峙している大男は明らかに特異な外見をしている。まず、肌が緑色だ。筋骨隆々でボロボロに破れたデニムジャケットを着ていて、頭はモヒカン。そのうえ体からは禍々しいオーラが視認できるレベルで放出されている。さきほど感知した謎のエネルギーはあの男及び、女子高生を包む黒い霧から発生していたようだ。
「絶望妖魔、とか言ったな……」
「それに、千歳ちゃんのことをティアキュートと呼んでいたね」
ティアキュート、それが兵士としての千歳のコードネーム、ということだろうか。
「どうする? カナメ。突入するかい?」
「いや、まだだ」
カナメはビルの給水塔に身を隠したまま事の次第を見守ることにした。さすがに情報が少なすぎる。と、そうしているとすぐに事態が動いた。
「千歳! 一人で先走っちゃダメって言ってるでしょう!?」
「百花ちゃん!」
彼らのいる屋上にもう一人現れた。百花、と呼ばれたその人物はカナメも知っている。潜伏している高校でクラスメートである万丈百花という女子生徒だ。高校で属している友人グループは千歳と異なるのに、二人という単位では仲が良さそうだったが気になっていた。
そしてカナメは思い出した。巨大怪獣の襲撃の際、救助活動を行っていた千歳は『二人組の片割れ』であったことを。つまり、百花こそが……。
千歳と百花は、二人同時に取り出したそれぞれのスマートフォンを取り出した。だがそのスマートフォンは、彼女たちが日常使っているものとは別のものだ。より装飾的で、色合いも鮮やかである。
「「ティア・ドレスアップ!!」」
続いて二人は声を揃えて謎の言葉を発した。意味がわからない。
二人の声に呼応するかのようにスマートフォンから光の帯があふれ出した。謎だ
光の帯は彼女たちの周囲を満たし、彼女たちはその中を舞うように動く、非合理的だ。
舞う彼女たちの四肢を光が包み込み、光が衣服へと変化する。物理に反している。
数秒の後に、すっかり制服とは異なる別の衣服を纏った彼女たち。やはり、とても戦闘に適した服装とは思えない。全体的に布の量が多い、ヒラヒラしており、なのにスカートが短く、他の部分の肌の露出も多い。地球の衣服を学習したカナメからは、ゴシックロリータという種類のものに近くみえるが、あれよりはやや活動的だ。
色合いは千歳がレモンイエロー、百花はターコイズブルー。派手だ。なんのために。
さらに、二人とも化粧の様子やヘアスタイルまで変化している。必要なのか?
「夢の使徒! ティアブルーム!!」
と、千歳。さらに謎のポーズ。
「愛の使徒……ティアサンダー……!」
と百花。さらに謎のポーズ。
それが彼女たちのコードネームなのは理解した。千歳がティアブルームで百花がティアサンダー、二人合わせてティアキュート、らしい。だが何故名乗る? あとそのポーズはいったい。
「あなたの絶望を!」
「わたしたちが癒す!!」
二人は、対峙した巨漢を指差し、見栄を切った。古代の戦士が戦う前に名乗りをあげたとされるそれを連想させる。実に無意味だ。
「貴様らの相手はコイツに任せるぜ!! いでよ新たなる妖魔!!」
しかし大男の方はカナメのようには困惑していない。どうやら慣れているらしい。大男は愉快そうに指を鳴らすと、空中に黒い槍が出現した。そしてその槍が、霧に包まれ浮遊していた水木の肉体を貫く。不思議なことに槍はすぐに消失し、貫かれた水木の体に傷はない。
次の瞬間、水木の体が光が漏れ、その光の中から……巨大な蜘蛛が出現した。体長5メートルはある、明らかに地球に生息する通常の蜘蛛ではない。
その巨大蜘蛛にめがけて、千歳と百花が駆け出した。
「やああああああああああ!」
「うおおおおおおおおおお!」
そして繰り出される千歳の拳と百花の蹴り。時速50キロを超える速度で走り、十数メートルを跳躍して、巨大な蜘蛛に攻撃を加えたのだ。それもコマンドギアのようなマシンサポートも無しに。あの身体能力は、素の状態のカナメをはるかに超えている。
「ギャオオオオオォォォ!!!」
打撃を受けた巨大蜘蛛は小さく弾き飛ばされ、ビル群の間に張り巡らされていた蜘蛛の巣の上に着地した。重量がどの程度あるのかは推測するしかないが、恐るべき威力だ。
癒す、とはなんだったのだろう。
だが巨大蜘蛛は死んではいないようで、糸を吐いたり、八本もある足で彼女たちに攻撃を加えている。彼女たちは宙返りや側転を交えたアクロバティックな動作でこれを避け、ときに受け、距離を詰めて打撃を繰り返す。巨大蜘蛛と二人の少女の戦いは、一進一退の様相だ。
「わっふ。彼女たち、やっぱりタダ者じゃなかったようだね」
いつのまにかカナメの肩口に乗っかってきたイーヌが肩をすくめた。なるほど、たしかに想定外の戦闘能力だ。いったいいかなるメカニズムによるものなのか、まるで見当がつかない。単に衣服と髪形、化粧が変わっただけにしか見えないが、たしかに高エネルギー反応が感知されている。
ああいった存在は帝国が認識している地球のデータにはなかった。そしてそれは巨大蜘蛛も同じこと。先日の怪獣のことも考えると、地球には未知の戦力が複数存在することになる。
「どうだいカナメ。脅威を感じるかい?」
たしかに想定外だった。だが、イーヌの言葉は的外れだ。
「あの程度であれば十分に対処可能だ。それに、未知のデータがあったことは幸いだったと言える。それはすなわち諜報員である俺の功績になるからだ」
「なるほど。君は職務熱心だ。じゃあどうする? ひとまずこのまま見学と……、おっと。あのレディたちには、ちょっとマズイ事態になったようだぜ」
「なに?」
イーヌの言葉を受け、カナメは戦場に視線を戻した。少女二人が動きを止めている。さきほどまで互角に、いや、やや優勢に戦っていたように見えていたが……。
「ヒャッハー!! そうだ! それでいい! 動けば、この女は無事では済まねぇぜ!!」
大男の勝ち誇った声、そして動き出す巨大蜘蛛。
「くっ……! 卑怯だぞ……! きゃぁぁっ!!」
「千歳!! ……あぁっ!!」
動きを止めたまま、巨大蜘蛛の吐き出した糸に絡めとられ千歳と百花。
見れば、大男は、蜘蛛の出現元となり今は気絶しているらしい水木にステッキの先端を向けている。
なるほど。カナメは理解した。つまり、あの大男は水木を殺害する脅しをかけて二人の自由を奪ったわけだ。
状況は理解した。だが心情は理解できない。あの巨大蜘蛛と二人の少女、ティアキュートの戦力は拮抗していた。その状態で動きを止めれば待っているのは確実な敗北だ。あの水木という女がどれほど重要なのかはわからないが、ティアキュートが敗北すれば水木もおそらく殺されるだろう。なんの策もなく、ただ敵の言いなりになるのは兵士として愚策だ。
「……うっ……!! あぁっ……!!」
蜘蛛の糸に絡めとられた千歳が呻きを上げた。締め上げる力が加わっているのだろう。おそらく常人なら口から内臓を吐き出して即死するほどの圧力が加わっているのは間違いない。
「ち、千歳……! そんな……!!」
百花は必死に手を伸ばすが、彼女の方も縛り付けられており身動きは取れない。そして、巨大蜘蛛はゆっくりと、縛り付けた千歳を蜘蛛の巣へと移動させ、そのもとに向かっている。
「手も足もでねぇようだな! 今日が貴様らの最後だぜティアキュート!! 我ら絶望妖魔の世界がやってくる!!」
大男は絶好調だ。この戦いは、あと数分で終わるだろう。
「……ふむ」
カナメは考えていた。この状況をどう見る? 銀河帝国の兵士として、地球侵略の先兵としての自身はどう動くべきだ?
「カカカ、カナメ!! このままじゃあの子たち死んでしまうぞ!」
イーヌは短い前足を万歳するかのようにしてあげて、何事か訴えている。
「そうだろうな。それに何か問題があるのか?」
「わっふ。それはだな、えっと……」
カナメのごく当然の指摘にイーヌは口を閉ざし、思案顔だ。
そうだ。元々、千歳に接近した理由は、地球に存在していた未知の戦力を調査するためである。帝国の侵略の障害を排除するためだ。だがこのままいけば、未知の戦力は消滅する。大きな問題はない。
「でも! あの、あれだぞ! カナメ! あれだ!」
「どれだ。帝国有数の博士が指示語だけで会話をするな」
見れば、もはや千歳と百花は悲鳴すら小さくなっている。吐息を漏らすようにして、必死に気絶をこらえているようだ。驚くべきことに、まだ闘志は萎えていない。
「くっ……、あぁっ……。このままじゃ、水木先輩が……! みんなが……!」
そしてこの状況でありながら、救助対象であると思われる水木及び、未明の防衛対象への想いを漏らしている。
「あばよ! ティアキュート!!」
大男がそう断じて手を振り、その動きにあわせて巨大蜘蛛が巣に張りつけにした千歳のもとへ加速する。
カナメの脳裏には、いくつかのことがよぎった。そして、胸のあたりに、チリチリとした未知の感触を覚えた。




