□月星暦一五三六年二月①〈怒り〉
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月星歴一五三六年二月、月星戦場にて。
『そちらには女神の代弁者を騙る者が居ると聞く。自らの行いが真実女神の意思というなれば、我と一対一で戦い、己の正当性を示してみせよ。もし、我に勝つことが出来たなら、我等ジェイド派は潔く敗北を認めよう。祖父の代から続くこの諍いの終止符を約束する。そちらが負けてもタビスという偽りを認めるだけで良い。それ以上の要求はしない。ただ、現状が継続するだけである。
――半刻待つ。それまでに意を示せ』
一方的な通告が敵対するジェイド派の王、ライネス・ジェイド・ボレアデスから突如送りつけられ、アトラスは受けて立った。
息を呑む剣戟の末。
アトラスの渾身の一振りにライネス王の身体が崩れた。アトラスに覆いかぶさる様に倒れ込み、ずるりと地に横たわる。
それきり、ライネスは動かない。
一方、自身の剣を地面に突き刺し、体を支えて立つアトラスは肩で息をしていた。
返り血で右半分が真っ赤に濡れた顔で、呆然と倒れた王を見続けている。
刹那の静寂の後、割れるような声が両陣営から起きた。
弓月隊副隊長のタウロ・アウダースがアトラスに駆け寄った。
「隊長!」
アウルムも続く。
「アトラス、良くやった。大丈夫か?」
「俺、は……」
青灰色の瞳が二人を認識したのも束の間、アトラスはそのままアウルムの腕の中で失神した。
「タビスが勝った。女神の意志はここに示された! 七十五年に及ぶ戦いは、アンブルの勝利である!!」
アンブル派の王、アセルス.ディア・ボレアデス・アンブルは高々に宣言する。
「武器を捨てて投降せよ。さもなければ討つ」
余計な一言が加わった。
タビスに負けたならジェイド派は負けを認めるとライネス王は言ったのだ。
今まさにその状況になったのなら、ジェイド派は王の決定に従わねばならない。不承不承でもそのつもりだった筈だ。
しかし、アセルスの一言は、反撃の口実になる。
気づいたのだろう、ジェイド派の軍は蜘蛛の子を散らすのように霧散し始めた。
アセルスは追撃を命じる。
アウルムはこれから起こる凄惨な事態が容易に想像できて顔をしかめた。
アセルスは誰彼構わず虐殺する残虐な王では無いが、少しの脅威も見逃せない臆病な王であることを、息子であるアウルムは知っていた。
王の言い分は解るが同意は出来ない。とはいえ、それを諌められる力は今のアウルムにはまだ無い。
「陛下、十六夜隊は弓月隊と共にアンバルに戻ります。万一の為、街の警備を強化します」
アセルスはアウルムを、そしてタウロに抱えられてるアトラスを一瞥した。
「構わん。許す」
アウルムは自身が指揮する十六夜隊に帰還準備を指示した。
「タウロ、聞いてのとおりだ。この場は弓月隊も預かろう。弟を頼んだ」
「お任せください」
アトラスの忠実な副官もまた、弓月隊にアウルムの指揮下に入るよう告げ、帰還準備を指示してアトラスを空いた荷馬車に運ぶ。
補給部隊は神殿関係者で編成されている。彼ら以上に『タビス』を真摯に看てくれる者達もない。
「隊長は大丈夫ですか?」
「お怪我を?」
「返り血だ」
弓月隊の隊員達の気遣う声が聞こえてくる。アトラスは良い部下には恵まれている。
(……やっと休ませてやれる)
アウルムが出来るのはこのくらいがせいぜいである。
タビスである重圧にに常に晒され、大人顔負けの技量と責任感で弓月隊の隊長まで任され、今回は敵将自らに名指しされた一騎討ちに勝利するという偉業迄成し遂げたが、アトラスはまだ十五歳の少年だった。
その事実を故意に忘れているとしか思えない王に、取り巻く大人達に常日頃からアウルムは腹が立っていた。
小噺
アセルス(Asellus)の意味はロバ。
ディア(Deer)の意味は鹿。
ロバでなく馬を意味する言葉を探そうかとも思いましたが自粛。
アセルスはうしかい座の星です。うしかい座は、一説によると「アトラス」がモデルと言われています。
某ゲームのキャラにアセルス・ボレアリスという女性がいるそうですが、私はその方を知りませんでした。姓のボレアデスはボレアリス(Borealis:北の、北風の)のもじりではなく、牡牛座のプレアデス(Pleiades)星団のもじり(+半月でB)です。
プレアデス星団は「アトラス」の娘たちと言われています。




