■月星暦一五四二年十一月⑫〈報告〉
食事を終えて店の外に出ると、イディールは歩き出す前にアトラスを呼び止めた。
「ここまででいいわ」
「そうか」
アトラスは懐から、なかなか膨れた巾着袋を出した。
今朝、ペルラ経由で預かったものだ。
「レイナから。二月分の給金だそうだ」
ずっしりとした重みにイディールはたじろぐ。
「多くない?」
「迷惑料込みなんだろう」
「そう? なら、ありがたく」
青灰色の瞳が、柔らかく微笑んだ。
飛びつく勢いで、ほんの一瞬の抱擁。
「レオン、幸せにね」
そっと耳元で囁いて、一迅の風の様に離れていった。
「さよなら。姉上」
二度と会わないであろう、去り行く背中にアトラスはそっと呟いた。
※※※
月星に着くなり、ハイネはモースに連れて行かれた。
アトラスについての話し合いは一応の決着をみたそうだ。
婚儀は月星における来春。
その後、竜護星でも改めて執り行うという。
ハイネの住む場所の手配も既に宰相と相談して決めたというが、そこをハイネが住める場所にする為に、やることは山程あるとのことだった。
アトラスは必然的に一人で報告に向かった。
王は当たり前のように執務室から全員を下がらせて応じる。
「どうだった?」
「名はサラ。彼女の叔母のミラというのがジェイド派の王子の乳母だったそうです。まぁ、乳母の方はこちらの間者だったというのが本当のところだと俺は思いましたけどね。そちらは王子死亡時に処断されています」
王がアトラスをそっと見たのは気づかなかったふりをする。
加えて、簡単にペルラに聞いた『サラ』の経歴を話した。
「件の女性とは話しましたが、問題はなさそうなので放置しました」
「今も竜護星で女官をしているのか?」
「執務室にあった百年ものの異国の花瓶を割ったとかで、解雇されましたよ」
王は、暫しアトラスをじっと見つめ、やがて苦笑した。
「……そうか。ご苦労」
「失礼します」
部屋を辞そうとするアトラス。その背中に王は声をかける。
「アトラス、どんな女性だった?」
振り返る顔には、口元に笑みがあった。
「兄上を女性にしたような、ちょっと凄みのある美人でしたよ」
この兄弟、色は違えど顔の造形はよく似ている。
第五章 新人女官編 完
五章終話です。
長年の憂いにも決着をつけました。これで心置きなく結婚できますね(笑)
イディールは、本作一番の美女設定。あのペルラが他人を美人と認めるのですから。
ということは、月星兄弟はもしかして相当イケメンなのか!?




