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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
三章 タビス帰還編
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■月星暦一五四二年十月⑩〈障害〉

 タビスに剣を向ける行為そのものを躊躇ったある者は()()()、ある者は剣を交えることなく引いた。


 『タビスを拘束しろ』という命令自体に納得していないのだ。

 あっさりと城への侵入を許したと言って良い。


 その後は、対象が自ら入って来たのだから阻む必要が無いと割り切ったのだろう。

 捕えることには抵抗がある。ならばと、逃さない様に囲む方に移行したようだ。城門、出入口の守備は入る前よりも強固になった。


 さすがに城内では馬を下りるが、歩みを止めない。


 向かうはアウルムのいる執務室。

 待ち構えるのは、鉄壁の護りを誇るとされている十六夜隊である。

 国王直属である彼らは、さすがに迷わない。

 しかし、間に割って入ってきた集団があった。

 篭手に入れた三日月の紋で、攻めを得意とする弓月隊の者だと判る。


「ここは我らにお任せを。王の所にお急ぎください、隊長」


 声をかけてきた顔をアトラスは良く知っていた。


「俺は今でも隊長なのかい?」

「当たり前でしょう。不在中も私は、副官として隊長代理を預かっていました」


 弓月隊次席のタウロ・アウダースは、呆れた様にアトラスを見る。


「隊長が意味も無くこんな事をするはずが無い。あなたが女神の威光をたてにするのは、よほどの理由がある場合だということ、よく解っています」


 微笑し、アトラスは頷いた。


「頼んだ。決して殺すな」


 かつての腹心にその場を任せて、アトラスは階上を目指した。


 ※※※


 向かってくる者を、怪我をさせない程度にあしらいつつ、道を開く。


 やがて辿り着いた最上階の執務室の前で、アトラスを待ち構える男が居た。

 黒い髪を一つに束ね、青みがかった灰色の瞳で挑むようにアトラスを見つめるのはネウルス・ノワ・クザン。


 国王兄妹にとっては父方の従兄弟にあたり、現在は文武ともに国王の片腕と言われている。


「久しぶりだな、ネウルス」

「まさかあなたが、こんな暴挙に出るとは思いませんでしたよ」 


 堅物の従兄弟を見るアトラスの目は冷ややかである。

 この男が最大の障害になるのは予想がついていた。


「アウルムに用がある。そこをどけ」

「行かせるとお思いですか?」


 とたん、重量級の打ち合いが始まった。剣戟の音が重い。


「へえぇ、腕をあげたじゃないか、ネウルス」

「あなたも、あいかわらずお強い」


 軽口を叩きながらも、アトラスが手加減をしていない。

 激しい打ち合いが続く。

 文字通り真剣勝負である。


「お前が一番傍にいて、判るだろう。アウルムに変わった様子は」

「この後に及んで、心配するふりですか。騙されません」

「俺が、アウルムに害をなす筈がないだろうがっ!」

「だったらなぜ、月星を……陛下を捨てたのです」

「捨てたわけじゃない!」

「同じです。あなたは、月星王のお傍にいなければならなかった。あなただから、いなければならなかったのにっ!」


 タビスが王から離れるということは、女神の加護が王から離れてしまうのだと考える月星人は多い。


「俺はアウルムの為にも、月星を離れねばならなかった」

「意味が解りません!」


 王に近すぎる立場故に、ネウルスは見えていない。


 アウルムとアトラスは実に仲の良い兄弟だった。

 周囲が思う以上に理想的な関係だった。

 アウルムは、自分ではなく弟がタビスである事を認められる器を持っていた。

 アトラスは、王位になど全く興味は無く、アウルムを慕っていた。兄の治世を手伝えればそれでいいと考えていた。

 だからこそ、自身が火種に成りうると悟ったアトラスは月星を離れる決心をした。

 充分承知していたから、ヴァルムは海風星で再会した折、去り行く彼を引留めることが出来なかった。


 依然として、両者一歩も引かない攻防が続く。

 ついてきた護衛の二人は階下からの追手を警戒して、階段の上に陣取っている。ヴァルムとハイネは、ただ見守ることしかできない。


「あの人、強いね」

「強いよ。腕は互角だと思う。奇襲を得意とする新月隊の隊長だった男だ」


 思いがけない言葉。ハイネは思わずヴァルムを見た。


 戦渦の中、指揮に秀でたアウルムと剣技に特化したアトラスに並んで戦略を巡らせたネウルスの三人は、月星を代表する三つの隊の長として、それぞれ納まっていた。


 王を護る為に立ちふさがるネウルスと、王を護る為に攻め入るアトラス。

 相手を傷つけずに進みたいアトラスの方に分が悪い様に見える。

 ハイネの言わんとしている事を悟り、ヴァルムは首を振る。


「でも、アトラスは()()


 従兄弟を見つめる碧い瞳は揺るがない。



 迷いの無いアトラスの一打一打は、ネウルスの手にも心にも重かった。


「……大体おかしいだろう。あんな命令を出したまま、執務室に篭りっ放しというのはっ。アウルムなら、必ず自分で指揮を執るはずだ。そうだろう?」

「しかしっ……」


 過去に何度も手合いをした相手だ。その剣に邪なものが無いことは伝わる。確かな意志がそこにはある。

 ネウルスが怯む。

 逃さず、アトラスは攻め立てる。


「お前だって思っているはずだ。アウルムらしくないと」


 渾身の力で剣を受け止めるネウルス。

 アトラスの言葉はネウルスの揺れる心の隙間を突く。


「ネウルス、俺は兄を助けに来た」


 静かな青灰色(そらいろ)の瞳を見れば、それが決して乱心などでは無いことは明らかだった。

 確かな宣言に、もはやネウルスは逆らえない。


「もし、あなたと自分の意見が割れたら、今回はあなたに従えと、陛下には言われてはいました。しかし……」


 苦しげ気にネウルスは吐き出す。


「訳が分からない! なんだって、こんなこと!!」


 無理を押しとおそうとしているのはどう考えてもアトラスの方なのに、なぜ否定しきれないのか、ネウルスには解らない。


「あなたがここに来たのは、女神の意志ですか?」

「いや。俺自身の意志だ」


 とうとうネウルスは剣を引いた。

 黙って扉を譲る。

小噺

ネウルスは前王アセルスの弟、ノルテの息子です。ノルテはクザン家の娘と結婚し、家督と名前を継ぎ臣下になることを決めました。王位継承権も放棄しています。この時点(1542年)で継承権を持つのはアトラスとアリアンナだけです。

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