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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十五章 女神降臨
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□月星暦一五八六年十月③〈祈り〉

□サクヤ


 月の大祭を翌日に控えた朝、二の郭のブライト邸にサクヤは訪れた。


「サクヤ、おはよう」

「おはようございます、ハイネさま」


 出迎えたハイネは、サクヤの丁寧な挨拶に悲しそうな顔をする。


「サクヤぁ……」

「冗談よ、ハイネ。サラに会いに来たの」


 祖父と呼ばれる歳になっても、ハイネのこういうところは変わらない。つい、揶揄いたくなってしまう。


「ところでサクヤ。おめでとう」

「あぁ、まぁ、うん。ありがとう」


 にやりとするハイネの含む言葉に、サクヤが言い淀んでいると、賑やかな足音が近づいてきた。


「あ、サクヤさん、おはようございます!」

「おはようございます、サクヤさん!」

「お二人ともおはよう」


 駆けつけてきたモネとフィリアに、ハイネは押しのけられてしまった。


「うん、楽しそうなのは良いことだね。僕はサラ呼んでくるね」


 孫には勝てないハイネの後ろ姿を、苦笑で見送っていると、モネが大きな声を出した。


「あぁっ! サクヤさんも買えたんですね、それ!」


 モネの目はサクヤ首元に注がれていた。


「倍率高くて大変だったでしょう?」

「何の話?」


 首を傾げるサクヤの顔を見て、モネがはっとするのが判った。


「もしかして現物オリジナルですか。よく見れば石が大きい!」

「言われてみれば! 近年、大ぶりの月長石ムーンストーンはなかなか採れないって聞きますよ」

   

 モネに加えてフィリアも興奮気味である。


「サクヤさん、ちょっと失礼しますね」


 モネはサクヤの後ろ側に回った。


「やっぱり! 通し番号(シリアル番号)も、店のロゴもありません」

 止め金具を見てため息をつくモネに、フィリアが黄色い声をあげた。


「うわぁ。貴重な物を見せて頂きましたぁ」


 なんとなく察したが、サクヤは一応確認してみる。


「販売されているんですね、レイナの首飾り」


「ええ。数年前に店主が変わって店を整理したら大伯父様が発注した注文書《設計図》がでてきたそうです。レイナ様の月長石の話は有名ですから、時々数量限定で販売されるのですけど、ものすごい人気で入手困難なのですよ」


「新店主になってからの商品には、店名だけでなく、お店のロゴマークが刻まれてるんです」


「もしかして、歌劇絡みですか?」


「あのお話では重要なアイテムとして描かれてますよ」


 サクヤとしては笑うしかない。

 レイナが歌劇を知らなくて良かったと思う。きっといたたまれなかっただろう。


「サクヤさん、今日は?私達は街に行くのですけど」


「わたしは……」

「残念。サクヤさんは私とデートです」


 降りてきたイディールが、サクヤの腕を取った。

 外套を羽織り、しっかり出かける装いをしている。


 イディールは途中まで一緒に行こうと引き止める孫達を意にも介さず、ずんずんと外に向かい、待たせてあった馬車に乗り込んだ。



「イディール、助かったわ」

「あの娘達の相手を真面目にしてると長いわよ」


 若い娘は体力があって良いわよねと、イディールはぼやいた。

 サクヤも若い娘の分類なのだが、故意に無視されている気がする。


 アトラスの『連れ』を気遣って出してくれた王城の馬車は、クッションが効いていて乗り心地が良い。


「今回はフィリアと二人だけ?」

「そうよ。大祭時期は大忙しですもの」


 フィリアの二人の兄は、それぞれ意中の女性と大祭に参列するのだそうだ。


 月星では大祭時に生まれる恋人達カップルの数が年間一番多い。


 夜の聖堂で女神に祈り、満月の下、月長石ムーンストーンの装飾品を贈ってお付き合いを申し込む。


 女神には、大祭本来の収穫への感謝では無く、告白がうまく行きますようにと願うのだろう。


『月の大祭』も、年に一度の文字通りの『お祭り(イベント)』でしか無くなってきているのかも知れない。


「月の大祭も、形骸化していくのでしょうね」

「それも一つの形だって、今代のタビス(アトラス)なら言うわ」


「そうね」と、イディールは笑い、「帰ったらフィリアに義理の姉が増えてるかもね」と呟いた。


 イディールの娘夫婦もまた、この時期は商談や取引先に呼ばれたりと、多忙なのだそうだ。



 馬車は二の郭から城門広場を抜けて、西に向かう。


 行き先は『死者のネクロポリス』。この時期は午前中の一刻《二時間》だけ門が開かれる。

 モネ達に付き合わずに急いでいた理由である。



 ネクロポリスを囲む塀の門前で、露店の花を購入し、二人は中に入った。


 せり立つ王城のある丘の影になり、日中殆ど日の差さない場所の為、墓地くらいにしか使い道が無かった土地なのだろう。


 王家の廟を城に見立てて、大まかにアンバルの街を意識した区画割された場所に墓石が沢山並んでいる。


 供えられている色とりどりの花で華やかに見える墓地には、結構な数の人の姿があった。


「中ってこうなってるんだ?」

「あら、来るのは初めてなの?」

「知り合い、いないもの」


 厳密に言えばレイナの知り合いだった人間は居るだろうが、墓参りする程の仲でも無かった。


「それもそうよね。貴女も竜護星の生まれだったわね」

「そう。それに、アトラスに再会して一年半に満たないもの。それまで故郷の島を出たこともなかったわ」

「そうなの?てっきりもう何年も一緒にいるのかと思っていたわ」

 サクヤの言葉に、イディールは意外という顔をした。



 王家の廟の前には衛兵が居たが、中には入る事が出来た。


 アウルムの情報通りに、アセルスとライネスの墓は隣り合っていた。


 名と没年が刻まれた石板には、『女神の身許では啀み(いがみ)合わずに月星の民を見守って欲しい』旨の一文が添えられている。


 アウルムなのか時の大神官なのかは判らないが、なかなか風刺の効いた趣向である。



 供えられた沢山の花に、持ってきた花を加えてサクヤは手を合わせた。


(あなたの息子が選んだ道を、どうぞ見守りださい)


 イディールも花を供え、略式ながら追悼の祈りを捧げていた。

 長い黙祷の末、振り返った顔はどこかすっきりしていた。

 

「付き合ってくれてありがとう。五十年も経って、やっと父に素直に礼を言えた気がするわ」

「それなら良かった」


 見届けたからなのか、サクヤ自身も何となく清々しい気がしていた。

 

   ※


 馬車は帰したので、帰りは歩きである。


 商談で出入りしていたというイディールの方が、アンバルの街には詳しかった。

 付き合いのある店も多いらしく、『ハルスの大奥さん』と気さくに話しかけられている。


「あなたはきっと、好きだと思う」


 イディールに連れて行かれた店で出されたスイーツは、濃い珈琲に浸されたクッキーの上に、砂糖と卵と酒で煮詰めたザバイヨンにチーズを加えたクリームがかけられていた。(※)


「こんなチーズケーキは初めて。美味しい!」

「珈琲の苦味がチーズに良く合ってるわよね」


 口に広がる幸せを噛みしめるサクヤに、満足そうにイディールは微笑んだ。



 昼は、屋台のものを適当に選んで軽く済ませた。


 イディールは露店の物も躊躇うことなく食す。

 王女にも、大店の創業者夫人にも見えない気さくさで、美味しいと店の主人に感想を言う姿に彼女の歩みを見た気がした。


 神殿のバザーをひやかした時には、懐かしそうな顔を覗かせていた。


「最初の頃は、ああいうバザーに出店したり、お店に直談判して商品を使ってくれるように頼んだりしてたのよ」


 そう語るイディールの顔は、どこか誇らしげに見える。


 旗がはためき、山車が練り歩き、通常時より賑やかなアンバルの街を歩きながら、街角で目にした出し物に笑い、二人は他愛の無い話をした。

 お互い口には出さないが、今は遠い在りし日を重ねていた。眼差しに懐かしさが灯る。


 傾いた茜色の陽に長い影が伸びる頃、名残を惜しみつつ二人は帰路についた。


お読みいただきありがとうございます

気軽にコメントやアクションなど頂けたら嬉しいです

————————————————————

※つまり、ティラミスです!


在りし日

挿絵(By みてみん)

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