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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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□月星暦一五八六年二月⑭〈警備隊〉

□ゼーエン


 テルメでの式典の警備も、ゼーエンが警備隊隊長という肩書を賜ってから今回で三回目を数える。

 アウルムが王を退いてからは毎回ということになる。


 アウルムが滞在する宿(景雲閣)の警備と、式典当日に不審者が近寄らないように警備するだけの簡単なものの筈だった。


 特に式典の方は神殿関係者が目を光らせてくれるから楽なものである。

 そもそもこの時期は街への武器の持ち込みも制限されている。


 アウルムはこの街の人から慕われていた。一目見ようと騒ぐ一部の熱狂的な者を除けば、例年妙な行動を起こす者も少ない。

 アウルムの行いは歓迎され、共に悼みつつも、逞しく観光資源として活用されている。


 だからといって、気が緩んでいた訳では無いが、五十年の記念の年とはいえ例年通りの仕事をしていれば平穏に終わる、ゼーエンはそう思っていた。



 宿屋に到着した時、階段を降りて来た人物が誰なのかゼーエンには判らなかった。

 ざわめく隊員たちの言葉から、彼がタビスであり王子でもある、かの有名なアトラスなのだと、やっと理解した。


 女神の加護を体現して若いままでいるというタビスの噂は聞いてはいたが、神殿がお布施欲しさに大袈裟に布教しているのだと思っていた。


 ゼーエンにはどう見ても自分より若い青年が倍近く生きているとは、到底信じられなかった。


 さすがに顔に出ていたのだろう。


 自己紹介したゼーエンにアトラスは袖を捲って刻印を見せてみせた。

 その複雑な文様を一言で言い表すのは難しい。


 女神の姿、鳥、剣、月とその形に何を思うかは人それぞれだという。


 ゼーエンには鳥に見えた。

 何度でも甦るという不死の鳥。

 アトラスという人物の、どこか神秘的な在り方に連想したのかも知れない。


 責任者のルネが伯父と呼び、上座を当たり前のようにアトラスに譲った。

 アトラスも当然の様に受け入れ、この場を掌握した。

 状況を説明し、てきぱきと指示を出す。

 隊員達が従うことを疑わす、実際に彼等は隊長であるはずのゼーエンに伺いを立てることもなく直接指示に従う。


 アトラスという人物は、人に命令を下すことに慣れているようだった。



 理由を問わずとも人引きつける人間が世の中には居るということはゼーエンも理解していたが、目の前で魅せつけられると腰が引けた。


 前王アウルムはその存在に否応なく説得力がある人物だが、アトラスには別の抗えない何かを感じてしまった。


 それが見た目と裏腹に培われてきた年月の重みなのか、かつて英雄と呼ばれる程の偉業を為した人間特有のものなのか、女神の加護というものが本当にあるという証明なのか、ゼーエンには判らない。



 アトラスが持ってきた案件は、彼自身も含めて正直『厄介事』でしかなかった。


 ゼーエンが率いているのは『警備隊』である。『警護隊』では無い。

 業務は変事に備えて守ること。警護隊とは変事を起こさせない、未然に事故を防ぐ為の隊である。


 しかし、アトラスが求めているのは『警護』である。

 しかも言っていることは変事を敢えて起こさせて、対象人物ターゲットであるアウルムを囮に使って襲撃者を捕獲するというのだから、無茶苦茶である。『警備隊』の仕事では無い。


 

   ※


 かつての月星では、『隊長』と名のつく役職に就けるのは貴族、王族出身の者だけだった。

 

 隊長とその副官を務める副隊長を除く三席から二十席迄は更に部下を率いる『小隊長』でもあり、序列は単純に強さの順だった。


 徴兵された者達は小隊長の指示に従う。武勲を挙げても出世することは無く、報酬が出るだけだった。

 その垣根を取っ払い、しかも男女問わず実力如何では隊を率いる立場になれるように制度を変えたのは、前王アウルムの計らいだった。

 


 近衛隊に吸収され、後に解隊されてしまったが、精鋭部隊と称された月の名を冠した三隊は抜きん出ていたと聞く。

 その武勇伝に心を掻き立てられて育ってきた者は少なくない。


 特に、内戦終結に直結する活躍をみせた十六夜隊隊長アウルム、新月隊隊長ネウルス、そして実際に終わりに導いた弓月隊隊長のアトラス。三方の英雄譚は既に伝説のような扱いになっている。


 そのうち二人が揃うという状況に、ゼーエンの心がどんなに緊張していたかは殆どの者には見破られてはいないだろう。

 元来あまり表情が表にでる方ではないのだ。


   ※



 アトラスは無茶苦茶な作戦を立てつつも、『警備隊』には元来の仕事以上のことを要求しなかった。

 『警護』は求めず、ルネの娘のモネと同行させてきた『連れ』だというサクヤという若い女性とアウルムが連れて来る護衛官、そしてアトラス自身で充分だという。


 その言い様にはさすがにゼーエンも思うところがあった。

 暗に力不足を言われたようで面白くはない。


 『警備隊』とはいえ、万が一のことを想定してそれなりの鍛錬を積んできている。

 平民出身のゼーエンが『隊長』という任に就いているのも、鍛錬の賜物である自負があった。


「モネさまは隊員に混じって訓練を受けていたのは存じ上げていますが、サクヤさまが戦える方には見えません」


 サクヤという女性は姿勢が良く体幹は優れていそうだが、全体的に細身で、筋肉質という訳でもない。


 ゼーエンはサクヤの技量に疑問を呈したが、結局は実力不足である現実を突きつけられるに至った。


 先ず、アトラスには一目で『警備隊』の序列を看破された。序列の付け方は踏襲されており、単純に強さの順である。


 加えて、そこにいたゼーエンを除く全員が素手のサクヤに伸されてしまった。

 

 聞けば武器を使わずに戦わせたら右に出る者は居ないと謳われた、かのテネルの孫弟子だという。  

 テネルは当時のアトラスの従者でもあったから、当然彼自身も直にその教えを叩き込まれていよう。


 サクヤを通してだが、激動の時代を生きた人間との差異をゼーエンは肌で感じてしまった。



 追い討ちは翌日テルメしたアウルムの言葉だった。


 アウルムはアトラスのことを『月星一の剣士』と称した上、「今、武術大会を開いても間違いなくお前が優勝だ」と断言した。

 アトラスは苦笑いで流したが、否定はしなかった。


 基準が違うことを嫌でも認識した。恐らく考え方の根本が違うのだ。



「捕らえた後の見張り等は頼むかもしれんが、通常通りの『警護』業務だけで良い」というアトラスの指示し、アウルムも同意した。


「君たちには通常通りに警備してもらう。相手に『通常通り』であることを認識させるのは重大な任務だよ。後の我々の仕事がしやすくなるのだからね」


 二人に言われ、ゼーエンはありがたく自分の任務を遂行させてもらうことにした。


 出る幕はないことを悟った。

 

   ※※※


 アウルムが到着した日の午後は、警備隊員達は警備の合間に交代で湯あみや仮眠をとって過ごした。


 夕刻、ゼーエンはアウルムに呼び出された。


 場所は宿の貴賓室。

 襲撃があると目されている夜を前にした夕餉に、ゼーエンは恐れ多くも、前王アウルムのお招きに預かっている。


予定外イレギュラーが続いて迷惑をかけるね。今晩、そして明後日の式典は頼むよ」


 アウルムとしては言葉通り予定外イレギュラーの数々に、現場監督のゼーエンを労ってのことなのだろう。

 深い意味は感じなかった。


 食卓を囲むのはアウルムとその弟、タビスことアトラス。

 アトラスの『連れ』のサクヤ。

 今回の現場責任者であり、アウルムとアトラスにとっては甥にあたるルネとその娘のモネ。


 ゼーエンは断れるわけもなく同席しているが、場違い感が拭えない。



「旅先で簡素なもので済まないが楽しんでくれ」


 アウルムは言うが、作っているのはアウルムが離宮で雇っている専属の料理人である。


 テーブにはゼーエンが見たことのない、趣向の凝らした上品な料理が並んでいた。


 さすがにこの後想定している事態を踏まえて酒はない。代わりにと出されているのは、果実水ジュースだが濃厚な甘みの中に程よい酸味が含まれており、その上品な香りからは素になった果実そのものの質の高さが伺えた。


 ゼーエンは緊張しすぎてカトラリーの使い方すらおぼつかない。


「食事なんて美味しくたべられれば、好きに食べればいいさ」


ゼーエンを気遣ってくれたのだろう。アトラスは包子(パオズ)を手で取り、ソースに付けて直接口に運んでみせた。


「こういうものは、そう食べる方が、美味いな」


 羊肉の挽肉を小麦皮で包んだこの料理は月星の伝統料理だが、通常はもっと小振りなものが茹でて皿に盛ったものにヨーグルトベースにチリパウダーやバターで作ったソースがかけられているものである。蒸籠で蒸してソースを直付けするのはテルメ風の工夫アレンジなのかも知れない。


 アウルムも気軽に倣い、引き攣りながらゼーエンも従うが、正直味は判らない。


 サクヤとモネは一口食べては、感想を言いあって笑っている。

 その様子を微笑ましく眺めるアトラスの顔は、仕事中《日中》とはまるでちがう柔らかさに包まれていた。

 そんなアトラスを見てアウルムとルネが何かを囁いている。


 親戚の団欒にお邪魔しているようにしか思えず、ゼーエンはいたたまれない。


 早く仕事を終えて、妻の素朴な手料理を食べたいとゼーエンは心から思った。

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