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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
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■月星歴一五八六年二月②〈再会〉

 「お花はいかがですか?一本五ディアナです」

 花売りの少女が慰霊碑の前で声をかけていた。百ディアナは一セレナである。


「全部貰おう」

「全部?」


 一瞬なにを言われたか判らないような顔をした少女だったが、アトラスの顔に冗談ではないことを感じたのだろう。あわわと狼狽えた。


「あ、か、数えますね」

「いいよ」


 アトラスは少女を制して、有無を言わせず、十セレナを握らせた。


「お、多すぎます」

「いいんだ、俺にはこの十倍だって足りない位だ」


 少女から籠ごと花を受け取ると、アトラスは慰霊碑に目を向けた。


 テルメの街の中央広場には、分かる限りの膨大な量の戦没者の名を刻んだ慰霊碑と、それを見守るかのように後から建てられた彫像がある。


 サクヤは籠から一輪だけ引き抜いて碑に供えた。

 竜護星の者がする、手を併せるだけの素朴なお祈りをする。


 アトラスは花を手に取り籠をサクヤに預けると、月の大祭で女神に向けるのと同じ格式の(略式では無い)祈りの形をとった。


 女神への祈りの形は大きく三種ある。


 感謝、祝福、そして追悼。


 アトラスが捧げたのは女神へ死者の追悼を願う祈り。


 道行く人が足を止めて振返った。息を呑む気配が漏れる。

 その祈りの所作は、思わず見入る人が出るほどの域にある。



 アトラスは顔を上げると、慰霊碑に刻まれたのいくつもの名前に目を止めた。


 ジェイド派と呼ばれた者達の名前もある。


 最後に刻まれているのはライネス、隣の女性の名は恐らくライネスの妻のものーーアトラスは産みの母の名前を初めて知った。そしてイディールにレオンディール。


 ざわつく胸の奥にあるものを何と表現して良いのか判らない。


「ちょっと、独りにして貰えるかな?」

 振り返らずに落ちる言葉。


「籠を返しがてら、露店を見てるね」

 汲んだサクヤが、敢えてアトラスの顔を見ずに歩き出した。



 広場の反対側、シンボルの温水を使った噴水を挟んで、慰霊碑と銅像を眺められる位置にはベンチがあった。


 のろのろと、アトラスはベンチに腰を下ろすと、改めて彫像に目をやった。


 親子程歳の離れた二人の男性が手を握る姿。その時の王がアセルスでなければ、あったかも知れない光景。


「左はジェイド最期の王、ライネス様。右はアンブルの王、いえ、もう退位されたから前王だね。その、アウルム様の像。街の有志がお金を出し合って作った像だそうよ」

 

 隣のベンチに座っていた老婦人が像に顔を向けたまま話かけてきた。


 大事に着続けたと思われる古い外套を纏い、色の褪せた髪を一つに緩くまとめている。

 住人では無く、旅装束を身に纏った女性の、妙に良い姿勢が目を引いた。


「知らない人が見たら、親子の像だと思う位似てるよね」


 ざっくばらんな話し方だが、どこか聞き覚えのある声音が琴線に触れる。


「そりゃ、あんなに似たお兄さんが居たら、周りも本人も疑わないよね」


「えっ……?」


 老婦人が振り向いた。

 青灰色そらいろの瞳が悪戯っぽい光を宿してアトラスを見ていた。


 記憶には無かった皺が刻まれ、日に焼け、温和な空気を纏っているが見間違えるはずのない顔の造形の女性。


「イ、ディール……なのか!?」


 アトラスの瞳が、驚愕に見開かれる。


「そんな名前な人もいたねぇ。あそこの碑に刻まれてるよ」


 イディールは慰霊碑を顎でしゃくって微笑した。


「この街に戻っていたのか?」

「商談でよく立ち寄りはしたよ」

「商談?」

「塩を扱う商売をしてるの。温泉は汗をかくから塩は需要があるのよ。ーーあなたは、初めて来たのね」


 昔の口調に切り替えて、イディールはアトラスを伺い見た。


「……すまない。決心がつくまでずいぶん時間がかかってしまった」


「いいえ、来てくれてありがとう。きっと、父も喜んでいることでしょう」


 イディールはまじまじとアトラスを見て、ずるいわと呟いた。


「あなたの話は噂で聞いていたけど、ほんとに殆ど歳をとっていないのね」


「まあな。なかなか難儀してるよ」

「つくづくあなたは数奇な道を辿るわね」

「違いない」


 二人で顔を見合わせて笑った。

 随分と柔らかく笑うようになったイディールの姿に、アトラスの心が和らいだ。



「おばあちゃん、こんな所にいた。探したわ!」


 どっきりする程、昔のイディールにそっくりな娘が近づいて来た。


 青味がかった砂色の髪、少し切れ長の琥珀色の瞳の娘は、不思議そうにアトラスを見つめた。


「孫?」

「そう。フィリアって言うんだ。アタシの若い頃によく似てるだろう?」


 口調を戻してイディールは微笑んだ。


「おばあちゃん、誰?知り合い?」

「昔、ほんの数える程の日々を同じ屋根の下で暮らしたことがある男だよ」


 誤解を生むような事を言うイディール。


「おいっ!」

「嘘じゃないし」


 孫は冗談と判断したらしい。


「すみません、祖母が……」


 言いつつ、やはり気になるようで小首を傾げてアトラスを見つめてくる。


「どこかでお会いしました?」

「……多分、鏡の中でかな」


「違いない!」


 イディールは豪快に笑って立ち上がる。


「あんたに遭えて良かったよ、レオン。ここの湯は心にも身体にも良く効く。是非浸かっていっておくれ」


 無意識にアトラスは自身の右腕を見たのだろう。イディールは苦笑して付け加える。


「個室風呂もあるし、高級宿なら部屋に個別に湯を引いてる所もある。あんたなら支払えるだろ。街に還元しておやり」


「イデ……サラ。あんたが幸せそうで良かった。

「そりゃあ、なるって決めたからね」


 すと、王女の貌を垣間見せてイディールは囁いた。


「あなたがその姿なのは、きっとまだすることがあるのでしょうね」

「そうなのかな?」

「おかえり。ゆっくりしていきなさい」


 ふふっと笑ってイディールはアトラスに背を向けた。


「おばあちゃん、今日の宿すごく見晴らしが良いんだよ。お母さんたち、先にお風呂入ってるって」

「そうかい?それは楽しみだね!」


 孫に連れられていて行く姉の後ろ姿を見送りながら、申し訳無さしか無かった胸に灯る温もりに気付く。


「ほんとに、あんたって人は……」



「なあに、何か良いことあった?」

 いつのまにか、サクヤが戻って来ていた。


「懐かしい人に遭ったんだ」


 アトラスの視線を追うがサクヤだが、人混みの中に誰を見ているのかは、判らないようだった。


お読みいただきありがとうございます

気軽にコメントやアクションなど頂けたら嬉しいです

フィリア:娘

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