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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五四二年十一月⑤〈船上〉


「客船が無いですって!?」


 イディールは港でいきなり壁にぶつかった。

 離島を結ぶ定期連絡船はあっても、大海を渡る客船は無いという。


 竜でひとっ飛びしかしない人が船に詳しい筈が無かった。


 そもそも、海を越えてわざわざ別の国へ行こうと言う人間は、王侯貴族か商人だけだ。


 そうでなければ、何らかの事情でその場所にいられなくなった後ろ暗い人間くらいだろう。


 わざわざ外国へ旅に行こうという庶民はいないに等しい。


 需要が無いのだ。


 王侯貴族は自前の船を持っているか、契約している商人がいる。


 イディールが採れる選択肢は、気まぐれな貴族の下働きとして船に乗せてもらうか、商船に頼み込むしかない。


 結局イディールは、港での逗留を余儀なくされた。

 せめて月星迄は、竜で連れて行ってもらえば良かったと悔みそうにもなった。


   ※


 そう日を待たずに、知っている旗印の船を見つけたのは僥倖としか言えない。


 補給をしている船員に、船の責任者に会わせて欲しいとイディールは頼み込んだ。


「仕事の邪魔だ、どいた!どいた!」


 そんな横柄な船員も、イディールが身分証明書を見せると態度を変えた。

 素直に商船の船長室に案内してくれる。


 船長は艷やかな黒い髪と筋肉質の大きな身体つきの男で、イディールを見ると、良く日に焼けた顔をかしげた。


 男はサイ・ド・ネルト・ファルタンと名乗った。


 女官頭のペルラの伴侶、ライ・ド・ネルト・ファルタンのすぐ上の兄にあたる。


 イディールが身分証明書を提示しながら、船に乗りたい旨を話すと、サイはあっさりと乗船を許可した。


「良いのですか?」

「その裏書き見せられて、俺が断れるわきゃないだろう。オヤジにどやされちまう」


 大領主の息子のはずだが、サイは仕事柄かざっくばらんな話し方をする。


「で、お嬢さんどういう人?」


 サイは面白そうな顔で、尋ねてきた。


「先日まで、お城の女官をしてましたが、故郷に帰らねばならなくなりまして」

「故郷って、お嬢さん月星の人だよね。その話し方」

「はい」

「だから、アトラスさまのサインもある訳ね」

「はい」

「ホント、お嬢さん何者よ。退職した女官一人一人にわざわざ王さまは一筆書かないよ?」

「そこは、レイナ様に問い合わせて下さい。私の口からはなんとも」


 イディールが思わせぶりに微笑すると、サイは苦笑いで降参の意を示した。


 言外に聞くなと匂わせば察するあたり、さすがは大商人一家の一員だけある。


「お城ではペルラさまにも随分お世話になりましたの」とつけ加えると

「それじゃ、増々丁重に扱わないとおっかないわ」

 サイは狭くはあるが、内側から鍵がかけられる一人部屋の船室を融通してくれた。


 口調は大概だが、ファルタンの御曹司は根っこの部分は紳士だった。

 サイは船員にもイディールの扱いを徹底した。お陰で悪さを働こうとする気配に怯えることもない船上生活を送ることが出来た。



「乗船の代金は如何程お支払いすれば宜しいでしょうか?」

「要らないよ」

「ですが」

「こっちもその裏書きの方との付き合いってのがあるから、察してよ」


 サイが()()()を示したのかは判らないが、裏書きに助けられたのは確かだ。



 せめてもと、掃除位は手伝おうと思ったが、甲板の掃除の仕方は独特で、船員達なりのルールがあるらしく手は出しにくい。


 出来ることは皿洗いくらいだった。


 船上での食事は新鮮な食材が切れると保存食が材料になる。

 芋や干した肉、酢漬けの野菜ピクルス、時々船員が釣り上げた魚が加わる位の変化で、煮込み料理にパンが付くだけのメニューは、連日変わり映えがしなくなる。


 船は案外頻繁に寄港した。

 寄港地で仕入れる積荷は商品よりも水と食料の方が多いようだった。 


 寄港地では、船の見張り以外はおかの上できちんと休息を取り、風呂に入り、交代で一日は休息を取るということサイは徹底させていた。


 食事のマンネリ化に加え、単調な海上生活が長期にわたると船員の仕事効率パフォーマンスが下がり、事故や怪我に繋がる。

 その辺を考慮するあたりが、ファルタン家が大領主であり大商人である所以だろうことが伺えた。 


  ※


 穏やかな航海が続くと、船員らは時間を持て余すらしく、盤上遊戯チェスやカードに興じていた。

 

 盤上遊戯はイディールも子供の頃、よくライネスに相手をしてもらった。

 懐かしくて、後から覗いていたら

「お嬢さんもやるかい?」と席を変わってくれた。


 引き継いで負けそうな盤面をひっくり返してやったら、次々と挑戦者が現れ、結局全員を打ち負かしてしまった。


 イディールの前には積み上げられたチップの山。どうしたものかと眺めていたら、大柄な男が前に座った。


「ちょいと、部下の負分取り戻してやろうかね」

「お受けしましょう」


 そうして始まったサイとの勝負は、結局到着まで勝負がつかず、チップは折半することになった。


 寄港の多い航海だったこともあり、月星リメール港に着いたときには翌月になっていた。


   ※※※



 竜護星でサイはチェスが強いことで知られていた。 

 そのサイと互角に渡り合い、勝敗が付かなかった女性がいたという話は船員達により流布され、この勝負は伝説となり、後に棋譜スコアは商品化された。

 サイはいつか決着を付けたかったと言われている。

挿絵(By みてみん)



 




お読みいただきありがとうございます

イディールさんチェスがめちゃめちゃ強かったようです

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