□月星暦一五四二年十一月①〈呼出〉
第一部五章新人女官
■月星暦一五四二年十一月⑥〈墓参り〉の辺りのエピソードです
女官として王城勤めを始めて二ヶ月が経とうとしていた。
似たような経緯で入った新人女官が二十人近く。内、ユークからはイディールを含めて五人の加入だった。
それだけの人数が入っても城の規模に対して、数は少ない。今までよく回していたと感じる程である。
労働環境はよく、女官頭のペルラが時間配分や、過重動労には常に気を配る細やかさをみせていた。
女官頭のペルラはブライト家傍系の娘である。
女官頭の地位も家柄でもぎ取ったとか、一年以上経って未だ暴君レオニスの愛妾だったくせにとか、誑かされたファルタンの三男は気の毒だ等の陰口が叩かれているが、半分はやっかみだろう。
女官服の上からも判る豊満な胸と括れたウェストに形の良い腰付き。化粧っ気が無くとも目を引く顔つきは美しい。
実際のペルラは、噂があてにならない見本の様な人だった。
目端が利き、新しく入った女官達の向き不向きを数日で把握し、適した配属先を充てがった。女官同士のいざこざにも気をくばり、反りの合わない者は時間をずらしたりと配慮も怠らない。
王の予定も把握しているらしく、「働き過ぎぎです」と執務室に乗り込んでさえいく。
女官頭を名乗るのに相応しく有能な人間だと、イディールは密かに舌を巻いていた。
※
女官部屋にて、待機という名の休憩中のことだった。
顔を出したペルラが、確認をしにきたていで見廻したあと、そっとイディールに耳打ちしてきた。
「夕方、レイナ様の御用に付き合ってちょうだい。通用門で合流して」
王に個人名で直に呼び出される。それもまた、女官の間でやっかみを生む。
他の者に聞こえないように配慮をする辺りもペルラらしい。
それでも、目敏い者は尋ねてくる。
「ペルラさま、何だって?」
「裾が捲れてるって教えてくれたのよ」
背を壁に向けて直すふりをしながらイディールは答えた。
狭い社会は、それはそれで面倒くさい。
※
言われた時間に通用門へ行くと、既にレイナが居た。
「申し訳ありません!」
「大丈夫、私も今来たところ。行きましょう」
言いつつレイナも妙な顔をしていた。
「いかがなさいました?」
「ペルラに言われたのよ。母に結婚の報告がまだでしょう。サラを護衛に付けるからって息抜きがてら行ってきなさいって。……いつかの内緒のデートは知らないはずなんだけどね」
「護衛ができる人材が少ないからでしょう?」
レイナの護衛も兼ねられる侍女をペルラが欲っしているのには気づいていた。恐らくイディールはその候補に入れられている。
レイナは先週月星から帰ってきたばかりだった。月の大祭でアトラスとの結婚が決まった。アトラスからの求婚だったという。
話を聞いて、よく月星王が許したとイディールは思った。
言いかたは悪いが、例え国主でもこんな辺境の小国と月星の王子では釣り合わないと思われた。しかもタビスである王子を差し出す利点が月星側に無い。
そこまで考えて、タビスだから可能だっだと思い至った。
タビスの言葉は女神の言葉。タビスが望めば月星人は逆らえない。
それ程迄にアトラスがこの娘を欲しがったのが、少し意外だった。
「ここで待っていて」
レイナはイディールを門の所で待たせて墓地に入って行った。
戻ってきたレイナは、男性を二人連れていた。
「お帰りなさいませ」
イディールは二人増えたことを訝んだが口調には乗せずに出迎えた。
一人は知っている。
ハイネ・ウェルト・ブライト。
レイナと共に月星に行っていた。
帰ってきてから、すれ違うたびに目が合った。
こちらを伺うような視線に「なんでございましょう?」と一度声をかけたら、「やっぱり月星の人なのか」と言われた。
今はまた、祖父である宰相と月星に向かったと聞いていた。居ることが不思議だった。
もう一人は背の高い男だった。
逆光でよく顔が見えなかったが、背格好に何処か既視感を覚えた。
何処かで会っただろうか。
近く迄来た男はイディールを見つめ、眉根にしわを寄せた。
「サラ・ファイファーとは誰の戸籍だ?」
「いきなり、なんでございましょうか」
開口一番、詰問された。
しかもイディールが『サラ』でないことを知られている。
動揺はしたが、それでも平静を装えたと思った。
次の言葉を聞くまでは。
「イディール・ジェイド・ボレアデスだな」
久しぶりに他人の口から聞いた本名。
さすがに取り繕えなかった。
後ずさろうとして、がっちり腕を掴まれた。
「俺が誰だか判るか?」
月星人であることは口調ですぐに判別できる。この国ので、この街で結びつく人物は一人しかいない。
「まさか、アトラス王子?」
青みがかった砂色の髪に青灰色の瞳。この符号には嫌と言うほど覚えがある。
「そう……、あなたがアトラス・ウル・ボレアデス……」
イディールが自分でも驚く位、冷ややかな声が出た。女官の仮面は付けていられなかった。
素に戻ってアトラスのことを睨めつけた。
「なぜ、判ったの?」
「さてな」
アトラスが一瞬、傷みをこらえるような顔をした。
「生きていたとはね、ジェイド派の姫君」
感情を殺した視線に晒されて、胃の中に冷たいものが流し込まれたようだった。
「今度は私を殺すのかしら?」
「返答次第では斬らねばならんな」
初めて会ったアトラスの印象は最悪だった。
人物紹介
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