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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
一章 国主誕生編
17/374

□月星暦一五四一年七月⑯〈消失〉

□視点 ハイネ→レイナ

□ハイネ→レイナ

ーーーーーーーーーーーーーー

 ハイネは体が震えるのを止められなかった。


 自分が不用意に声をかけなければ。こんな光景は見ずにすんだかもしれない。


 室内に充満した血の臭いは、過去の風景を思い起こさせた。


 倒れているのはアトラス?

 それともカルゼフォ-ネ?


 ハイネはレオニスを見つめた。


 レオニスは敵であった。

 両親を死に至らしめた張本人であった。

 レイナ戦意喪失し、レオニスの意識はレイナに向けられている。


 好機である。


 ハイネは、床に落ちていたレイナの剣を拾い、足を踏み出そうとした。


「待ちなさい」


 いつのまにかハイネの右側に立っていた銀髪の男性が、そっと手を押さえて止める。


「どうしてだよ、爺ちゃん?」


 ハイネは祖父の視線を追った。

 そのつぶらな瞳が映すのは、血にまみれた少女の姿だった。


   □□□


 レイナはかがみ込み、アトラスをのぞき込んでいた。


 アトラスの蒼白な顔色とは対照的に、鮮やかな血の色がいやに映えて見える。

 衣服は膝の辺りまで濡れ、流れ出た血液はまだ生ぬるさを残していた。


 レイナは、側に落ちている自分の短剣を、血に濡れた自分の手を、そして倒れたアトラスを見比べた。 


 一つの事実に結びつく。


「いやぁっーー!」


 ごく自然にレイナは叫んでいた。


 レイナは自分の声で自分の叫びを聞いた。

 頬を流れる熱いものは、自分の感情の昂りにより溢れた涙。


 意志通りに手が動く。声が出せる。


 レイナはゆっくりとレオニスの方に視線を動かした。


 レオニスはレイナを見ていた。

 その白い顔に浮かんでいるのは明らかに驚愕の表情。


 レイナはアトラスの剣を拾い、立ち上がった。


「どうして、こんなひどいことをさせるの?」


 久々に自身の意志で紡がれた声はかすれていた。

 だが口調はしっかりしており、強い響きを宿している。



「ほかの人たちもこうやって、思いのままに動かしたのね。でも、気にくわない人や歯向かうものは排除するというやり方で……」


 信じたくはない。

 だがこれが現実だ。


 兄ケイネスは、母セルヴァともう一人の兄イルベスを葬り、今度はアトラスまでも標的に選んだ。


 邪魔である、それだけの理由でだ。


「やっと帰ってきて、ケイ兄様に会えて、私は嬉しかった。なのに、兄様は兄様じゃなかった。ここは変わってしまっていた。変わりすぎている」


日々の生活は楽なものとはいいきれなくても、城下の者達は幸福と感じていたはずだった。

 活気に溢れた街を、皆の笑顔を与えられながら走り回っていたのは、もう過去の思い出にすぎない。


「全てを壊したあなたを、私は許さない」


「許さないと言って何が出来る?」


レオニスは冷笑を浮かべた。


「その剣で、この体を突こうというのか? この兄の肉体を?」


 出来るわけがない。


 決めつけ似も似た判断をレオニスは下す。



 レイナは微笑を持って返した。

 にこやかに、だがどこか寂しげな笑みを向ける。


「出来るよ」


レイナは一度アトラスに視線を落とした。


 モースが脈を取り、傷口を圧迫し、いつの間にか集まっているエブルや黒髪の兵士等の面子に何やら指示を出している。


 レオニスに視線を戻すと、レイナは繰り返した。


「出来るわ。あなたは私の兄ではないもの」


 根拠はアトラスの残した言葉だけ。

 レイナにはそれで十分だった。アトラスがそう言うならそうなのだ。


 これまでの旅程において、アトラスは多くをレイナの意見に委ね、必要最低限においてのみ口を出し、それはいつも的をいていた。


 この点において、レイナは絶対的に信用していた。



 五年にわたる歳月によって必然的に育まれた信頼。それは今のレイナには不動のものだった。


「あなたは、兄の姿をした何かにすぎなくて、アトラスはあなたを倒せと言った。だから、さよなら」


 レイナは剣を構えた。

 ずっしりと重いアトラスの剣は、レイナには支えるのがやっとというかんじになる。


 レオニスは動かなかった。

 引き際を心得たのか、白い顔に浮かぶのはあきらめにも似た小さな笑みである。


 常にレオニスの傍らにいたペルラも沈黙を守っていた。


 全てを悟った顔。

 手出しはしない。


 レオニスは何のも抵抗せずにレイナの剣を受け入れた。


 先程のような、いやな音はしなかった。

 剣は抵抗なく突き抜ける。


 奇妙な光景だった。


 レオニスの肉体は、傷口から崩れていった。

 流砂によって、地面が滑っていくのにも似ている。

 細胞に一つ一つが、粉末状に流れ落ちていく。

 原型を失い、髪の毛の一本一本すらもが塵と化す


 もはやヒトではなかった。


 だがレイナは、その部屋に居合わせた意識有る者は確かに聞いた。


 形をとどめる最後の瞬間に発せられた「ありがとう」という礼の言葉を。 


 それは確かに「レイナの兄、ケイネス」の声であった。


小噺

塵 としましたが実際は塩です。誰も舐めないので判らない。


世界で一番発行された本に、禁を犯して塩になるエピソードがありますね。そのイメージでした。

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― 新着の感想 ―
塩となったのは、ソドムとゴモラを後にするロトの妻ですね。レオナスさんは、結局何者だったのでしょう? 兄ではないのに、兄のようで、ケイナさんの裁きを素直に受け入れ、神の罰を受けるように塩になった……先の…
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