黒髪の少女
「あなた、もうすぐ生まれます」
「頑張れアデル。後少しだ!」
ここはオルトリア大陸の東の果てにあるフェア―ル王国。その西側に位置するマーカス伯爵領のある小さな村に新たな命が生まれようとしていた。
「おぎゃ~おぎゃ~」
「アデル、生まれたか!」
「はい、あなた。元気な女の子です」
妊婦が夫に無事赤子が生まれたことを告げる。しかし、その周囲にいる人たちの反応は良くない。妊婦は出産の疲れからあまり目が見えていなかったが、生まれた子どもは黒い艶のある髪をしていたのだ。
「女子。しかも、黒髪の子ではないか! 俺にもお前にも似ていない……どういうことだ!」
「カ、カータスさん、落ち着いてください。アデルも子どもを産んだ直後ですから」
「しかしだな。あの髪色は……」
この村を守る二人の騎士の一人、カータスが慌てたのも無理はない。この近隣では黒髪は不幸を呼ぶ者と言われており、カータスの髪はブラウン。妻であるアデルの髪色も同じブラウンだが、やや黄色がかった髪だ。そんな二人から生まれた子どもが漆黒の夜を思わせる髪色で生まれたのだから、彼としては無理からぬことだろう。
「あ、あなた。娘に何か?」
出産の疲れからか、かろうじて子どもの性別だけを理解しているアデルが問いかける。今もカータスが大きい声で叫んだにも関わらず、事態を把握できないでいた。
「後で話す。今は休め」
村一番の気立ての良い娘を妻にしてこの日まで上機嫌だった彼だったが、事態を受け、うまく言葉を紡げないでいた。そして一晩が過ぎた。
「あっ、あなた! 娘、私の娘の髪が!?」
「落ち着けアデル。昨日は俺も驚いたが夢ではない。現実を受け止めろ」
まだパニック状態だったアデルではあったが、夫のあまりに気遣いのない言葉に、やや冷静さを取り戻した。
「この子をこれからどう育てていけば……」
「さあな。お前に心当たりはないのか?」
「あっ、ありません。私を疑っているのですか?」
「俺とは一切似ていないだろう。確認したまでだ」
そういうカータスではあったが、態度から疑いの目を向けているのは明らかだった。アデルからすれば操を捧げた相手であり、いくら黒髪の子どもが生まれたとはいえ、そのような目を向けられるのには納得がいかない。
そうは言っても腕の中には黒髪の赤子が。誕生して一日で生まれた赤子は親の愛情の行き場を失ったのである。
「さあ、ヴィア。食事の時間よ」
三日後、何とかヴィアという名前だけは決まった赤子は両親の戸惑いをよそに、元気に生を謳歌していた。赤子の元気良さにアデルは気を取り直し、母親としての責務を果たそうと思い始めていた。しかし、夫のカータスは……。
「全く、騎士の家に生まれてきたのが女というだけでも気に入らんのに黒髪とはな。アデル、育児は任せるぞ。俺は村の警護があるから迷惑をかけるな」
「は、はい」
カータスは村の狩人が相手にできない魔物を倒し、村で法を執行する代理人の立場を持つ。小さい村のため、この権限を持っているのはもう一人の騎士だけであり、ある意味では村長にも勝る人間だ。
そんな人間から見放されては村で生きていくことはできない。徐々にアデルは夫に迷惑をかけないように生きていくようになった。
ヴィアは二歳になり問題なく成長していたが、以前カータスは興味を示さずにいた。
「まま~」
「あらヴィア、お話がうまくなったわね。じゃあ、今日は文字を覚えてみましょうか」
「もじ~?」
「そうよ。お話以外でも言葉を伝えることができるの」
「やる~」
夫が育児に関わらない間も周囲に話を聞き、何とかアデルはヴィアを育てていた。
しかし、母娘の関係性とは違い、村人たちはヴィアの黒髪に恐れをなすこともあり、環境は良くなかった。特にもう一人の騎士であるボルツに男の子が生まれてからはカータスの態度が顕著になった。
「帰ったぞ」
「ぱぱ~」
父の帰りに喜ぶヴィアだったが……。
「ちっ、またか。こっちは見回りで疲れているんだ。来させないようにしろ!」
「あなた、ごめんなさい。さあ、ヴィア。お父様は疲れているからこっちへ来なさい」
「ボルツの息子は静かにしているっていうのにこいつは……」
夫の暴言にも耐え、何とかヴィアを育てるアデル。そして、さらに三年の月日が流れた。
「ヴィア、今日はもう本を読まなくていいの?」
「はい、お母さん。本はもう読み終えました」
五歳になったヴィアは歳の割に勤勉な少女になっていた。また、一家にとって一番の変化は……。
「じゃあ、私はバッシュの様子を見ているから洗濯は任せるわね」
「分かりました」
カータスの家門であるイグノー家に念願の男子が生まれたのだ。バッシュと名付けられた男の子は現在二歳。ヴィアの頃とは違いカータスも積極的に育児に関わり、将来は自分の後を継ぐべく教育を施している。対してヴィアは自分のことは自分でできる歳になり、ますます両親の手が離れていった。
「今日もお洗濯と薬草を採りに行かないと」
ヴィアは小間使いのように家の家事を手伝っていた。理性的であるが故、自分の置かれた立場を理解し、アデルに負担を掛けないように振る舞っているのだ。だが、そんなヴィアを放っておかない者もいる。
「おい、黒髪ヴィア! 今日はどこへ行くんだ? お前が洗濯したら川が汚れるだろ」
「……」
「何とか言えよ!」
「きゃっ!」
村の少年に突き飛ばされ洗濯かごから衣服が零れる。小さい頃は外に出なかったヴィアも家の手伝いをするに当たり外出の機会が増えた。当然、村人の目につくことも増え、大人たちが黒髪の言い伝えについて話しているのを子どもたちも聞く。こうしてヴィアは村の少年たちに先程のような扱いを受けることなった。
「はぁ、また洗濯物に土が付いちゃった。洗うのに時間がかかっちゃう」
ヴィアはもう慣れたと言わんばかりに少年たちの態度にも気を止めず、川へと向かう。
そして、今日も洗濯物を終えて家へと帰ると、とんぼ返りをするようにまた川近くまで戻る。次は村の収入源になる薬草取りだ。
「今日も頑張って採らないと!」
いくらカータスが村に二人しかいない騎士とは言え、この程度の規模の村に務める騎士への給金は多くない。今後、バッシュの教育にかかる費用を思えばこうしてお金を稼ぐことは当然と言えた。
ヴィアは父親のカータスとの関係性こそ悪いものの、立派に育ててくれたアデルは勿論、弟のバッシュはかわいくて仕方がなかった。父親の言いつけで顔を合わせる機会こそ少ないものの、自分も力になりたい一心で、こうして薬草採りにも励めるのだ。
「ふぅ、今日も結構採れた。コルツおばあさまのお陰だわ」
コルツという女性はこの村一番の年寄りで、平均寿命が五十歳に満たない中、御年七十歳を超える老齢の女性だ。当然、知識も他の村人とは一線を画し、村長や騎士と言えど無視することはできない。
皆にコルツ婆と言われている彼女だけは何故か、ヴィアに対して否定的な態度を取らなかった。一度、気になってヴィアが聞いてみると、コルツ婆が幼少期の頃は黒髪を忌むような風習はなかったとのことだった。
しかし、村が隣国に近く、数年に一度の割合で人が住み着くようになると、いつの間にかそのような風習ができていたのだという。
「コルツおばあさまの話が確かなら、一体誰がそんな噂をし始めたのかしら? 迷惑な話だわ」
そんな思いを胸に今日もヴィアは弟のためと思い、せっせと薬草を集めた。




