第69話「戦直後ですわ!」
前回のあらすじ!
ジェック、終怨を迎える……──。
ジェックさんが『終怨の一撃』を解き放った後、魔王はレヴォン魔王子によっては拘束・連行された。魔王は一命こそ取り留めたものの、とてもルルちゃんには見せられない程に虫の息で、生きているのが不思議な状態だった。
これに魔王軍は一斉に武器を破棄して投降。暴露された魔王の闇に『百年の恋も冷める』ならぬ『百年の忠義も冷めて』しまったそうで、現在は人間軍・レヴォン部隊に混じって負傷兵の保護、殉職兵の回収にあたっている。
そして、ジェックさんは『自覚なき後遺症』を疑われて応急精密検査に連れて行かれた。軍医曰くは「あれだけ膨大な魔力を放っておいて無事とは考え難い」とのことで、あまりにも真っ当な理由だったから私は大人しく結果を待っている状態だ。
その間、兵士たちを労いながら歩いていたら、私は意外な組み合わせを見つけた。
レインとグリーズ上官が対面していた。
大巨漢を見上げる彼女は、酷く膨れ面だった。
「……なんで隻腕になってるんですか?」
「部下の治療を優先しているうちに『再生可能時間』を超過してしまったのだ。故にこれは仕方のないことだ」
「それを訊いてるんじゃありません。何で隻腕になる程の負傷をしたんですか?」
「世界創造神が一角『地龍ソアース』の怒りを買ってしまったのだ。その場にいた部下たちを守護るべく全力で防御魔法を展開したが、自身含めて重傷に抑えるのがやっとだったよ。今でも生き延びたのは奇跡だと思っている」
「なんで創造神の怒り買ってるんですか。自分のゲリラ奇襲は何度も跳ね除けといて、しょうもない喧嘩売って死にかけないでくださいよ」
ああ言えばこう言うのスタイル。
どうやらレイン、グリーズ上官の実力を認めている故に、自分の知らぬところで重傷を負った事実を受け入れられないらしい。このまま彼女の膨れ面を拝むのも乙だが、いつまでも立ち止まってほしくはないので連れていくことにする。
「レイン、そこに居たのですね」
「あ、姫さま。お怪我は大丈夫ですか?」
「ピンピンですわ。それはそうとグリーズ上官。こちらも回復薬の配給を待ってる兵士がまだ沢山いるのです。急ぎでなければ、彼女との会話は後にしてもらってもよろしくて?」
「構いませぬ。我も部下の采配を任された身です故」
「ご理解感謝いたします。ということでレイン、行きますよ」
「あ、はい」
彼女は大人しく同行するが、膨れ面は変わらない。未だ気持ちの整理がつかないようだった。
なので、「レイン」と彼女の頬をプヒュウッ──とつつき、そのままモニモニ揉みほぐす。
「グリーズ上官の実力者と認めてるが故に、呆気なく隻腕となってしまったことを受け入れられない……そうですわね?」
「ッ……はい……」
「なんとなくは理解ります。私も魔界で海を渡る乗船券を得るためのイベントで、ドボスコス・ボブが溺れた選手の救助を優先してあっさり敗退した際、そこで消えるんかい! とびっくりしましたから」
「今気になる名前出すのやめません? 根掘り葉掘り訊きたくて仕方ないです」
「それもそうですわね」
私は咳払いをひとつして、それを区切りに本題へ入る。
「それで……貴女はどうして打ちひしがれているのですか?」
「ッ……!!」
レインはカッ──と目を見開く。やはり図星か。
彼女は暫く言いあぐねるも、私と目を合わせれば、観念したように告白する。
「…………自分、役に立ったのでしょうか?」
「というと?」
「自分は姫さまをお救いすべく、国王陛下に無断で飛び出してきました。けれど姫さまはジェックさんたちを引き連れて、自力で帰ってきました」
レインは一拍置いて続ける。
「先程の戦いでも、自分は多少の雑兵を蹴散らした程度で目立った戦果を挙げてはいません。姫さまが落下死しかけた際も、ジェックさんに遅れを取りました」
落下……そういえばエイジンさんはどうなっただろうか? 一命は取り留めたそうだが、この後にでも様子を見に行かねば。
レインは一拍置いて、続ける。
鼻を啜って、続ける。
「そして……魔王を倒したのもジェックさんで、自分は……自分は龍命人なんて大層な呼ばれ方をしておきながら、一躍も担わずに、こうしてのうのうと愚痴を垂れています」
レインは鼻を啜って、続ける。
「自分は……、終戦に貢献できたのでしょうか……?」
そう内心を明かしながらレインは、ポロポロと涙を零したのだった。
……あぁ、そうか。彼女は不安になっているのか。ずっと私に忠誠を誓ってくれているからこそ、私を魔界から救う=気兼ねなく暴れて終戦へと導く役を担えなかったことで自信を失ってしまっているのだ。
「レイン。そもそもの話をしますね? 貴女は『空龍テンセイ』さまから予言が記された『大雲』なる片手剣を授かりました。私たちはそれを信じて今日まで行動してきました。これに違いはありませんね?」
「は、はい……」
「では、その片手剣を貴女が授かっていなかったとしましょう。その場合、祖国各国が戦争に備えたと思いますか?」
「……思いません。物的証拠がありませんから」
でしょう──? と相槌を打って、続ける。
「そうなれば確実に魔王相手に遅れを取って、戦争もこの先数龍年と続いてしまっていたでしょう。貴女を通じて『仮面付けし魔族の協力者』……即ちジェックさんのことを知っていなければ、皆おいそれと彼を受け入れず、先の戦場での連携に難儀したでしょう。けれどそうならなかった。どうしてだと思います?」
「……予言があったから?」
「そうです。貴女が予言を授かってくれてたからです」
「……!!」
レインは目を見開き、私と視線を交わす。
「あそこの拠点だって貴女のおかげで奪取できたのですし、貴女が今日までしてきたことは、間違いなく意味があったんですよ。だから自分の働きが無意味だったなんて言わないでくださいまし。愛しい愛しい妹分が塞ぎ込んでいたら、私も悲しいですわ」
「姫さまぁ……!」
レインは私の胸に顔を埋めて「うー……!」と声を殺して泣いた。相当量の涙で胸元がどんどんと湿っていくが、妹分の気が晴れるなら安いものだ。
暫くして、レインは顔を上げた。すっかり泣き腫らした跡がついてしまったが、スッキリしていた。
「落ち着きました?」
「はい。……姫さま。自分、皆さんにお礼言ってきていいですか?」
「というと?」
「改めて、予言を授かった自分を信じてくれてありがとうと伝えたいです。それとポムオ王子も来てますし、ちょっと返事しておきたいです。なので席を外してもいいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。行ってらっしゃい」
「はい。では、行ってまいります!」
レインは何度と頭を下げながら、私の元を去っていった。
「さてと……」
頃合いだし、私もお礼を言いに行こう。足早に本部へ向かい、その一角にある応急治療場所へ足を運んで『個人的裏MVP』に出会う。
「エイジンさん! 容態はどうですか?!」
「あ、姫さま!」
吹き抜けの応急治療場で治療を受けていたエイジンさんが手を上げる。彼の左翼と両足は集中回復魔法中だった。
「回復魔法士さんたちのおかげで無事に再生できそうだよ。姫さまの方こそ大丈夫? 両足やられた辺りからさっき起きるまでの意識が曖昧でさ」
「怪我なく済みましたわよ。貴方が咄嗟に私を投げ捨ててくれなければ、頭丸ごと焼き消されて即死でしたわ。改めて貴方は生命の恩人です、本当にありがとう!!」
「こちらこそだよ。魔王の言いなりでしかなかった僕を連れ出してくれて、そして……魔王を倒してくれてありがとう。これでようやく爺ちゃんの墓参りに行ける。本当に……本当にありがとう!!」
「じゃ、これで貸し借りなしということで! お祖父さまへよろしく!」
私はエイジンさんに別れを告げて、その場を去った。
そろそろ進捗を聞いてみよう。何かしら見つかっただろうと踏んで、本命たるジェックさんの元へとつま先を向ける。
◇ ◇ ◇
「なんも見つかりませんでした」
ジェックさんの状態を尋ねてみれば、開口一番がそれだった。
思わず「はい……?」と彼の隣で唖然とした声を出せば、軍医も信じられないものを見た顔で断言する。
「何度と精密検査を実施したのですが、異常は一切合切発見されませんでした。つまるところ、ものっそい元気です」
「ものっそい元気」
実際、彼の様子は頗る良いし、国一番の軍医が言うのだから間違いないのだろう。しかし、それはそれでひとつ疑問が生じる。
「では、彼から一切の魔力が感じられないのはどうしてですの? こればかりは魔法が関係しているのではなくて?」
「それは私から説明しましょう」
と、出てきたのはジェラルド将軍だった。なんか懐かしい。
「私の見立てだと、彼の魔法は『感情魔法・憎悪』。その名の通り、恨みつらみが強ければ強いほど、それが魔力に変換されて無尽蔵に蓄積されていく……そういう類だと推測します。彼曰く、その……暴力的だったという亡き母親との生活で、7歳前後から発現していたようで。それならあれほどの威力も納得です」
つまり……10龍年もの間、憎悪を蓄積し続けていたというのか。改めて発散できて良かった。
が、ここでまたひとつ疑問が生じる。
「でしたら、何故彼は平然と起きていられるのですか? 魔界で発動した際は、全力未満の出力でキャパオーバーを起こして丸一日寝込んでいたのですよ?」
「ふむ……きっとその全力未満が原因でしょう」
「逆にですか?」
「逆にですな」
ジェラルド将軍はそのまま返して、続ける。
「何事においても全部吐き出してしまいたい! と思ったことが半端で止まってしまうと消化不良でムカムカしてしまうもの。で、その全力未満の出力が却ってストレスになってしまったのだと思われます」
「確かに……今思えばあの時は、魔力の放出と抑制で板挟みになってたな。防護魔法付与されてたとはいえ観客が大勢居た大闘技場内だったろ? 出力中にあれ、これマズくね? ってなった途端に視界がぼやけてきたからこれ以上は無理だ! って攻撃に転じたんだ」
「それ絶対グレストさんに言わないでくださいよ? 全力を出させてやれなかったって悔しがってましたから」
「おおうマジか。じゃあ墓場まで持っていこうや」
「そうしましょう、そうしましょう」
私たちは約束を交わした。2人だけの秘密ができた。
「それじゃあジェラルド将軍……少なくとも今日倒れるやもとは考えなくてよろしいんですわね?」
「その考えで問題ないかと。ですが無理は禁物ですから、少なくとも1龍週間は毎朝受診を推奨しますよ」
「分かりましたわ。だそうですわジェックさん」
「俺に決めさせろや。受診けるけども」
「なら約束ですわよ。はい指切り」
「おう」
私たちはまた約束を交わした。
「弟よ!」
と、小指同士を絡ませたちょうどその時、レヴォン魔王子が騒音を立てて訪ねてきた。
その後ろから「お邪魔するよ」とお父さまも現れた。どうして……?
彼は「失敬……!」と私に断りを入れて、ジェックさんへ矢継ぎ早に問う。
「弟よ、体調は大事ないか?! 脳は平常か?! 手足に異常は出ていないか?! どこも痛めてはいないか?!」
「なんだなんだ急に?! ものっそい元気と診断されたから落ち着け!!」
「そ、そうか。いや、すまない。後処理に追われている間、気が気でなかったのだ」
「お、おう……そうか……」
「うむ……」
「「………………………………」」
2人の間に気まずい沈黙が流れる。兄弟とはいえ腹違いで尚且つ今日が初対面? なのも相まって明らかに距離感を測りかねていた。
が、暫くすると、レヴォン魔王子はジェックさんに頭を下げた。
「弟よ……今日まですまなかった」
「お、おい……?」
「困惑させるのは重々承知で謝罪させてほしい。私はオマエが虐げられているのを知っていながら、実力から実績……何もかもが力不足故に、兄としてオマエを守護れないどころか黙って見過ごすことしかできなかった。オマエの気が済むのならば、罵るなり殴るなり好きにしてくれ!」
「いや、いいよそんなの。俺が憎悪拗らせてたのはあくまで魔王だし。肩身の狭い日々を送ってきたのはお互い様なんだから、そこは水に流そうぜ。でも、どうしてもというなら……うーん……よし、ちょい額出せ」
「こ、こうか? ……痛ッ!!」
バチコォンッッ──!!
レヴォン魔王子に超デコピンが炸裂する。もの凄い音だった!
「これでおあいこだ。つーことで今後はよろしくな、兄貴」
「……ありがとう。ところで、ジェックを自称していたが、変える気なんだな?」
「ああ。フィーラ……シーラ姫の愛称な。フィーラにそう呼ばれてるうちに愛着湧いたんだ。これを機にジェックとして生きるよ」
「そうか……なら私はそれを尊重しよう。それで、結婚はいつなんだ?」
「ん?」
「ん?」
「はい?」
私とジェックさんとレヴォン魔王子は顔を見合わせる。なんか存じてない単語が横切った気が……?
「……ちょっと待て兄貴。もしかしてアンタの中で、俺とフィーラが結婚すると思ってんのか?」
「え? 結婚を気に改名するんじゃないのか?」
「いや魔王ぶっ倒したのを機にだぞ?! なんで結婚することになってんの?!」
「だってオマエ、戦場で堂々接吻されていただろう?! 女性から接吻だなんて余程心を許してなければするわけないだろう!! そう思って和睦協定も兼ねてオマエを婿に行かせようかとホワイトロック国王陛下と真面目に話し合っていたんだぞ!!」
ちょっと待て、そんな話知らないぞ?! 兄弟水入らずの会話を邪魔すまいと黙っていたが、こればかりは口を挟ませてもらう!!
「え?! どういうことですのお父さま?! 何を預かり知らぬところでジェックさんを私の婚約者にしてますの?!」
「レヴォンくんが話した通りだよ! 明らかにジェックくんがヤバい雰囲気出した際にキスで落ち着かせてたってんだから異性として好いてるんだなーって思うじゃん! だったら和睦協定も兼ねてくっつけてしまおうと思うじゃん! 君のお見合いを真面目に検討してたところへ和睦協定結びたい相手国の王族の次男坊はショートケーキに乗ったイチゴくらい美味しい存在だし!!」
「それは理解しますが、せめて私たちに話を通してから進めてくださいまし! あぁでも衆前でやった以上、そういう関係と思われるのも覚悟しとくべきでしたわね……!!」
でも、そうか。私とジェックさんで結婚か……。
ということで、私はジェックさんとの夫婦生活を想像してみる。
──お母さま〜〜。
──母上〜〜。
「……あ、子ども出来た」
「フィーラ?」
何言ってんだこいつ? と言いたげなジェックさんに私は向き直る。
「すいませんジェックさん。私、貴方との結婚なら前向きに捉えられそうですわ。というか今実感しましたが、好いてなければ接吻してませんわ」
「フィーラ?!」
「つーか、貴方には既に裸も見られてますしなんなら胸も触らせてますし。なのに別の殿方に鞍替えなんて破廉恥な真似したくないですわ。てか貴方以上の殿方見つけられる気がしませんし、探すのめんどくさい」
「フィーラ??!!」
「ちょっとジェックくんどういうことだい婚姻前の娘に手を出したの?!?!?!!」
「かくかくしかじかアニョペリノ!!」
「あ、そういう……ごめん君に非はないけど父親として許容できない責任取ってほしい!!」
「そうですわよジェックさんもう貴方に逃げ道はありませんわとっとと腹を括りなさい!!」
「オマエが言うな全ての元凶!! というかお互い荒ぶり過ぎだ!! これ以上騒いだら──!!」
「てめぇ婚姻以前から姫さまの裸体を拝んだとはどういうことだ死ねェェェェエエェええぇ!!」
「ほらやっぱりレイン来たーーッッ!!」
何処からともなく襲撃こんできたレインに胸ぐら掴まれ、ジェックさんは今にも泣きそうだ。
当事者だけど、すっごい面白い。
「ちょっと姫ちゃん! 凄い騒がしいから耳澄ませてみれば凄い面白いことになってんじゃん野次馬させて!」
すると今度は、リツさんにルルちゃんにホニョちゃんたち、そして『フィーラ部隊』の愉快な仲間たちがぞろぞろと訪ねてきた! これは好都合!!
「構いませんことよ! ジェックさんが逃げないよう、どんどん出入り口を封鎖してくださいまし! あぁでも『3バカ』は入れないでくださいね。絶対ややこしくしますから」
「それは無理な相談だよ〜。ほら〜」
「え?」
と、シリスさんの後ろからひょっこり顔を出したマリナの指差す方を向けば、『3バカ』のエアリ・テクト・アイルが応急治療場の吹き抜けから顔を覗かせていた。
そんな『3バカ』の瞳は、少年の目になっていた!
「「「皆さん大ニュースーーーーッッ!!!!!!」」」
そして『3バカ』は頭を引っ込めると、嬉々としてやり取りを拡散しに駆け出した!!
「おいコラ私のタイミングで公表させろぉ!! リツさん、皆さん、彼らひっ捕らえてくださいまし!! 半殺しまで許可します!!」
「かしこまりました」
「行ってきゃー」
「レイン! 貴女も行ってくださいまし! 貴女ならあのバカ共とっ捕まえれますわ!」
「ごめんなさい姫さまジェックにジャーマンスープレックス50回やらなきゃ気が済まない!!」
「後にしてくださいましーーッッ!!」
もうしっちゃかめっちゃかだった。
そして、叶うかどうかも怪しいジェックさんの願いが平原中に轟いた。
「誰か助けてーーーーッッッッ!!!!!!!!!!」
「助けようなイヌ」
「喋ったァッッ!!?」
こうしてふたりはくっつきましたが、ジェックが「交際期間も大事にしたい派」と忘れてた方はブクマ等よろしくお願いします♨
次→明日『18:00』(次回、最終回!!)




