第30話「料理ですわ!」
前回のあらすじ!
世界創造主が一角──海龍さまがこんにちは。
【船での偽名】
姫……フィーナ
ジェック……ジック
リツ……ミリ
ルル……ムム
「「「おお〜〜ッ……!!」」」
船内食堂に来て、テーブルを彩る料理の数々に私たちは心踊った。
「左からタイの包み焼き、タイのソテー、タイの白身フライ、タイのテリーヌ、タイの切り身スープ、タイのカルパッチョでございます。カルパッチョは本来生食ですが、念には念をと温水消毒しましたので腹痛の心配はございませんわ」
「ありがとうございますミリさん! こんな短時間でこれだけの料理の数々、どんな手法を使ったのですか?」
「世話役の超調理術でございます」
「超調理術」
「超調理術でございます」
「凄いですわねー」
既視感のあるやり取りに私が追求を止める傍ら、シュウウさまは関心するように顎に手を当てる。
「ほう……人は食べ物を加工して食す文化を持っているのか。生以外で食すのは初めてだな」
「あら、地上で食べたりはしませんの? せっかくの変身魔法ですのに」
「そこまで食には拘ってないよ。アタシは気ままに暮らしたいんだ。地上の通貨も知らんし」
「でしたら今日は記念日ですわね。偶には悪くないと思えることを約束いたします」
「前置きはそれくらいにして食べようぜ。ムムが我慢のし過ぎで横揺れがどんどん増してってる」
「なのー、なのーなのーなのののののののばばばば」
「これはいけませんわ。はい皆さん席について! それでは、いただきます!!」
「「「いただきまーす!!」」」
私たちは一斉に着席して手を合わせた。
ルルちゃんはピタリと止まって「いただきますなのー」とスプーンを手に取った。止まって良かった。
目に止まった料理を各々自由に口に運ぶ。
「あっ、美味しっ。どれもこれも美味しぃです! これほど凝った料理は旅立ち前以来です!」
「口の中全部無くしてから喋れや。絶品なのは分かるけどよ」
「おいしいのー」
「あ、これ本当に美味いわ。クリスクさんに早く食わせたいから持ってくな。んじゃ失礼!」
私含め皆口々に絶賛し、グレストさんはそそくさと皿を持って食堂を後にする。リツさんは「恐縮でございます」と喜びオーラを出して満足気だ。
「ほう……! 全てタイだというのに、加工次第でここまで食感と味が変わるものなのか。地上にこれほど美味なものがあるとは驚きだねぇ」
「! 恐縮でございます」
シュウウさまからの絶賛に、リツさんの頬がちょっと赤らむ。世界の創造主に料理を認められて感無量なのでしょう。すっごい可愛い。
後でウジャウジャに愛でよう──。そう心で決意していると、シュウウさまは不意に私を指差す。
「……よし! じゃあ、そこの女子。次はアンタが作りな」
「え、私ですか?」
「アンタだよ。せっかくの機会だし、人が違うと料理がどうなるか試してみたい。さ、アンタの料理を見せてみな」
「すっかり上位種スタイル全開ですわね。まぁやりますが」
「やるのかよ」
「生家で『頼る前に自分でやれるように』と教え込まれたのです。それに母たるもの子どもに手料理を振る舞えないのは一生の恥ですわ」
まだ自発洗脳してる……──とジェックさんの声を後ろ耳に聞きながら食堂を去り、隣接している厨房で持てる全てを集結させてチャッチャカ作って、皆の元へ戻る。
「さぁ食らいなさい! 私が料理ったオンナ飯ィ!!」
「オトコ飯じゃねぇか!!」
「しょうがないじゃありませんか! お父さまもお母さまもお祖父さまもお祖母さまも『〇〇飯』タイプでしたもの!!」
「三世代の遺伝子!!」
「でも、おいしいのー」
「味も悪くなく、見た目の騒がしさも相まって視覚でも愉しめるね。こういうのも乙なものだ」
「なんだかんだ人気だし!」
「だったらジックさんはどうなんですか?! 野次を飛ばすなら貴方も料理ってみてくださいまし!!」
「それもそうだ。男子はどんな料理を作るか教えておくれよ」
「いいの?」
「え?」
いきなり口調が落ち着くジェックさんに心が後退る。彼の放つ空気が明らかに変わった。
「すっごいことになるけど……いいの?」
「……逆に気になってきましたわ」
「寧ろ何を料理る気だいアンタは」
「見りゃ分かる」
ついてこい──と厨房へ移るジェックさんに続き、ゾロゾロと料理風景を見守る。
「魔王軍に居た頃は、とにかく無心になれる趣味が欲しかったんだ」
ジェックさんは鍋を取り出して、魔火石で湯を沸かす。
「そんで、深夜の兵士寮で小腹が空いたもんだから、料理を試みたことがあったんだ」
沸騰を待つ間、彼は思ったよりも手際良くタイを捌いてミンチにして団子状に整えて、調味料と一緒に鍋へ入れて蓋をする。
「けど、その一回で俺は料理に向いていないと思い知ったんだ」
そう嘆きながら彼は、暫く煮込んだ鍋の蓋を取った。
中にあったのは、鍋いっぱいのシチューだった。
「見ての通り、魚団子スープがシチューになったりするんだもの……!!」
「なんでですか?!」
「知らねぇよ! 俺だって知りてぇよ! シチューの調味料入れてねぇのに何処から湧いてきたんだよ!?」
「凄いですわね。混ぜてみれば、まな板に出てなかったブロッコリーからマッシュルームまで欠かさず入っておりますわ。私めも初めて見る現象です」
「なんと。男子が料理ると狙った料理になるとは限らんのか。これまた面白い」
「ゴメン多分俺だけなの! 全男子はレシピがあれば真っ当に料理れる筈なの!!」
「ッ!? ジックさま、ちょっと失礼します!」
シチューをかき混ぜていたリツさんが何か信じられないものを見つけた表情でおたまを引き上げ、乗っていた肉を口に入れた。
次の瞬間、彼女は目元を覆って肩を震わせた。
「魚肉が……ッ、鶏肉になってます……ッ!!」
「ホントに貴方何をしましたのッ?!」
「こっちが教えてほしいよ! 俺の手に掛かると蓋の下で食材が大迷走の果てに大変身しちゃうんだよ!! その所為で『大変身調理法』と全力でからかわれた!!」
「ヒーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
「ミリさんが、おなかかかえて、わらってるのー」
「笑うなァ! オマエ笑うなァァアッッ!!!!」
「ジック貴様一行内で初めてミリさんをツボらせる私の夢を奪いましたわねギィイイイ!!!!!!」
「テメェは不条理だァァァァァッッッッ!!!!!!」
最早料理の振る舞いそっちのけで騒ぎ倒す姫一行。時間以外での路線修復は不可能だった。
そんな彼女たちを眺めながら、海龍シュウウは魔界犬ホニョに語りかける。
「そこの小さき生命よ」
「イヌ?」
「人というのは、面白いものだねぇ」
「イヌッ!」
◇ ◇ ◇
「いやぁ、食った食った。アタシゃ満足だよ」
数十分後、私たちは昼食を終えた。
ジェックさんは目の前の光景に「凄ェ……」と呆然としている。
シュウウさまの前には大量の皿が重ねられていた。小腹が空いたと仰っといて、私たちが料理った料理を綺麗さっぱり食べ切った。途中で「海魔物の気配しないわ」と合流してきたグレストさんとクリスクおじいさんがおかわりしにきた間も食べ続け、彼ら含めて私たちが満腹になっても食べ続け、そのうえで未だ余裕の表情だった。
海龍シュウウさま、パネェですわ……。
「それじゃ、帰るとするかね。ごっそさん」
「あ、ちょいとお待ちを、お見送りしますので。はい皆さん、スタンダップ、スタンダップ」
私が急かせば皆ヨロヨロと立ち上がって表に出る。対してシュウウさまは平然と歩いていた。
海龍シュウウさま、マジでパネェですわ……。
海に飛び込まんと船首に立ったシュウウさまに、代表して別れの言葉を送る。
「シュウウさま。改めて、お会いできて光栄でした。この日の出会いは生涯の思い出ですわ」
「こっちこそ、良いもの食えて満足だよ。……あぁ、そうだ」
シュウウさまは何か閃くと、ジェックさんを指で招いた。
頭に「?」を浮かべたジェックさんが近寄ると、彼女は髪の毛を一本抜き、魔力を込めて大剣へと変質させたかと思えば、それをジェックさんに手渡した。
「これをやるよ。昨日のナイスバルクの褒美さ。名は『大海』とでも名付けようか」
「あ、えと……ありがとうございます。……この彫り文字は何ですか? 古代語か?」
「どれだけ魔力を注いでも壊れないように『龍文字』を彫っといた。それ以外の効果はアンタには余計だろうからね。アンタ、自分の魔力を持て余してるだろ?」
「え?」
図星だね──と、シュウウさまは言って、ジェックさんの顔を今一度見やる。
「ならこれを使いこなせるようになりな。さすればアンタは更に上のナイスバルクになれるよ。あぁ、それともうひとつあるね」
シュウウさまはまた何か閃くと、指先から空に向けて魔力の光線を放った。
それを少し続けてから、「これで良し」と呟くシュウウさまに私は尋ねる。
「シュウウさま。今何をしていたのですか?」
「なぁに、ちょっと帰り道を整えただけさ。そんじゃあね」
そう言ってシュウウさまは海に飛び込むと、そのまま潜って消えてしまった。
何ともあっさりしたお別れだった、そんなときだった。
「……ん?」
「どうしましたの、クリスクおじいさん? 随分とキョロキョロして」
「いや……これ……嵐止んだのう……?」
「分かるんですか?」
「儂の『快晴空間』は外の気候も分かるんじゃ。ちょっと解除してみるから、念のため船内に居なさい」
使い手がそう言うなら、きっとそうなのだろう。「分かりましたわ」と船内に避難し、解除を見届けてみれば……──、
「……おぉ、本当に晴れてますわ! これでクリスクおじいさんの負担も減って、気兼ねなく航海できますわ!」
「さっきまでの嵐が嘘のようじゃわい。せっかくじゃし、夜は外で食べるかい? 網焼き台も積んであるんじゃ」
「それは嬉しゅうございます。是非使わせてくださいまし」
「だったらタイ以外も釣っとこうぜ。クリスクさん、釣竿あったら貸してくれ」
「いいよ♨」
「つり、ってなんなのー?」
「ではムムちゃん、私とやってみましょう。私も初めてなんですわ」
「やるのー」
「イヌッ!」
快晴の空の下、私たちはガヤガヤと夜の献立について語り合った。
そんな皆々を他所に、ジェックは大剣を抱えながら、いつまでも海を見つめていた。
『森が迷子』理論。
次→明日『18:00』




