第99話 獣人が強かった
港町は大混乱に陥っていた。
獣人の先遣隊が本体に先んじて上陸し、暴れ回っていたからだ。
そろいも揃ってオークのような巨体と怪力を誇り、鋭い牙と爪を有するその毛深い獣人たちは、熊族と呼ばれる者たちである。
港に詰めていた聖教国の騎士たちは瞬く間に彼らに蹴散らされ、応援を待つ前に全滅してしまっていた。
「ふはははははっ! 人間というのは脆いものだなっ!」
そんな熊の獣人たちの中でも、ひと際体格のいい巨漢が豪快な笑い声を響かせている。
身の丈は二メートルを軽く超え、深い毛の上からでも筋骨隆々な身体が見て取れるほど。
「ぐっ……」
「ば、化け物か……」
この男にやられたのだろう、倒れた聖騎士たちが痛々しく呻いている。
と、そこへようやく援軍が駆けつけてきた。
この港町は聖教国の玄関口であり、首都メルトに直接繋がる重要拠点だということもあって、街中に聖騎団の駐屯地が設けられているのだ。
「獣人どもめ! 貴様らの好きにはさせんぞ!」
隊長格と思われる男が怒声を張り上げ、弓矢隊に命じる。
「撃てえええええっ!」
次の瞬間、凄まじい矢の雨が獣人たちへと降り注いだ。
だが信じがたいことに、矢は次々と彼らの身体に直撃するも、まったく刺さることなく地面へと落下してしまう。
「くははははっ! こんなものが矢か! 少しチクチクするだけではないか! 非力にもほどがあるぞ!」
「なっ……」
「矢が……効かないだと……っ!?」
「まるでドラゴンの鱗ではないか……っ!」
どうやら彼らの分厚い筋肉の鎧を前に、矢が弾かれてしまっているらしい。
愕然とする聖騎士たちを嘲笑うように、獣人たちのボスと思われる巨漢が配下へと号令を出した。
「行け! オレたちの強さを奴らに思い知らせてやれ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!」」」
直後、凄まじい雄叫びとともに熊の獣人たちが一斉に躍りかかった。
「ひ、怯むなぁっ! 我らには天の導きがあるっ!」
「「「お、おおおおおおっ!」」」
聖騎士たちは慌てて武器を構えて迎え撃たんとするも、巨体が繰り出す怒涛のごとき突進を前には、彼らの覚悟も信仰もまるで成す術がなかった。
「「「~~~~~~~~~~~っ!?」」」
あっさりと吹き飛ばされ、紙屑のように地面を転がっていく。
一方、熊の獣人たちは、石ころでも蹴り飛ばしたような歯応えのなさに興ざめした様子だった。
「騎士と呼ばれる連中がこの程度か」
「ここまで弱いのか」
「人間など恐るるに足らぬな。先代は一体、何を怖れていたというのだ」
そのとき、そんな彼らの元へと飛び込む一つの影があった。
「では貴様らに見せてやろうか。我ら人間の力を」
「「「……っ!?」」」
いきなり空から彼らのど真ん中に降ってきたのは、人間の男だった。
熊の獣人たちには及ばないが、それでも分厚い胸や広い肩幅と、かなり立派な体格の持ち主である。
白髪が進んでいることから、それなりに高齢だということは伺えるものの、全身から漲る闘気はまるで年齢を感じさせるものではなかった。
「「「がぁっ!?」」」
その硬い装甲で矢すらも弾いてきたはずの熊の獣人たちが、いきなり現れたその男に吹き飛ばされてしまう。
「な、なんだこいつは……?」
「ちっ、所詮は一人だ! やっちまえ!」
獣人たちが殴りかかるも、その男はパワーだけではなかった。
最低限の動きで攻撃をいなし、あるいは躱し、自分より体格のいい獣人たちを完全に翻弄していく。
「力に頼り過ぎだな。だから動きに無駄が多い」
そう相手の欠点を指摘する余裕もあるほどだ。
「彼は一体……?」
「まさか、噂に聞く、元金等級冒険者の……?」
「熱心な信徒で、幾度となく巡礼に訪れているとは聞いていたが……」
自分たちが手も足も出なかった獣人たちを圧倒する男に、聖騎士たちが驚く中、たった一人をなかなか仕留められない配下に痺れを切らしたのか、
「どけ、そいつはオレがやる」
ボスらしき獣人が自ら割り込んでいった。
男もそれに気づいて応戦する。
「ほう、なかなかやるではないか」
「それはこっちのセリフだ!」
空気が唸るような音を響かせながら、一撃必殺の爪を繰り出す獣人に対し、それを男は紙一重で躱しながら隙を突いて攻撃を見舞う。
だが並みの獣人と違い、まるで効いている様子がない。
このままでは分が悪いと判断したのか、男は攻撃の手をやめ、回避に徹し始める。
「ふはははっ! 諦めたかっ! 貴様の攻撃など、オレにとっては赤子に撫でられたようなものよ! ……っ!? な、何だっ、手に闘気が集束していく……っ!?」
「掌爆波ァァァッ!!」
集束させた闘気を、掌から一気に解き放った。
「ぐおおおおおおおおおおっ!?」
これには巨体も大きく弾き飛ばされ、そのまま激しい水飛沫とともに海の中へと盛大に落下した。
「ふう……。それにしても身体能力だけであの強さとは……やはり獣人は厄介だな」
息を吐いて呼吸を落ち着かせる。
と、彼はそこでようやく背後の気配を察した。
「まったく……ようやくギルドのことを部下に任せて、巡礼に来ることができたというのに……ツいていない」
いつの間にか後ろにいたのは、たった今、海へと転落した熊の獣人より、さらに一回りも身体の大きな獣人で。
「うちのモンが世話になったな」
「あいつがボスではなかったのか……」
バンッッッ!!
全力走行していた馬車と馬車が正面衝突するような音。
人間の男はボールのように遥か先まで吹き飛んでいった。





