第95話 悪魔が本気だしてきた
「ひゃははははははっ! あなたもあそこから脱出していたようですねぇっ!」
吹っ飛ばした悪魔が、相変わらず気持ち悪い笑い声を響かせこっちに戻ってくる。
「お陰であそこでの借りをお返しできますよ。いいえ、今のも含めて倍返ししなければいけませんねぇ……っ!」
顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。
どうやらかなり俺に激怒しているようだ。
「悪魔メフィストに、ノーライフキング……やはり次元聖獄から……」
「終わりだ……人類は確実に終わった……」
声を震わせている彼らは戦意を失っているようだし、ひとまず無視しておけばいいだろう。
ただ、この場所で戦ったら巻き添えにしてしまうと思うので、
「空を飛べるよな? 翼あるし。上の方でやり合おうぜ」
「っ!」
地面を蹴り、風魔法で浮力を得ながら俺は空へと上昇していく。
「くくく、このわたくしに空中戦を挑みますか。いいでしょう、お付き合いして差し上げますよ」
悪魔は背中の翼を広げ、俺を追って空へと舞い上がってくる。
「言っておきますが、わたくしが本気を出せば、あなたなど一瞬で消し炭ですからね」
「……」
「くく、どうやら信じていないようですね。では、見せて差し上げましょうか。このわたくしの、真の力をねぇ……っ!」
悪魔の全身から猛烈な魔力が噴き出してきた。
たまたま近くを飛んでいた鳥がその魔力を浴びて気絶し、地上へと落下していく。
「はああああああああっ!!」
「っ……これは……」
血管を浮かび上がらせながら雄叫びを上げた悪魔の身体が、急激に膨らみ始めた。
普通の人間サイズだったのが、オーガ、いや、トロルにも匹敵する巨体へと膨張。
加えて腕が新たに二本、肩の辺りから出現する。
さらに頭部が前後に大きく伸びて馬のような面長となり、太く鋭い牙、それに角が生えてきたかと思えば、額に第三の目が出現し、背中の翼が二対四枚へ。
お尻から伸びる尾は牙を剥く蛇となって、こちらを威嚇するように喉を鳴らしている。
「く、くくく……くははははははははっ! やはりこの姿はいい! 力が漲ってくるわ!」
完全に元の面影がなくなった悪魔は口調まで変わってしまっていた。
「許せ、小僧。こうなったオレはもはや自分を制御できない。……この通りになぁっ!」
悪魔が腕を軽く横に薙ぐ。
すると純粋な魔力の塊が放出され、俺のすぐ足元の空間を真っ二つに切り裂いた。
ズドオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
一瞬遅れて、遥か後方から凄まじい爆音。
見ると、俺が船で渡ってきた海上に、巨大な穴がぽっかりと開いていた。
え、なに今の?
やべぇんだけど……。
真の力とやらにえらく自信満々だったからそれなりのものとは思っていたが……俺の予想を遥かに超えてきやがった。
「くくくっ! 久しぶりで身体のコントロールに慣れる必要がありそうだ。だが、次は外さぬぞ」
海だったからよかったものの、今のようなのがもし街に直撃でもしたら、とんでもない被害になるだろう。
……空に移動した意味なんてなかったな。
「すぐに倒すしかなさそうだな」
「くははははっ! 貴様ごときが、真の姿を解放したこのオレを倒すだと? 笑わせてくれるわっ! アンデッドだろうと、完全に消滅させて、二度と復活できぬようにしてくれるっ!」
俺の言葉が気に障ったのか、牙を剥き出し、殺気立つ悪魔。
次の瞬間、四枚の翼を大きく広げ、猛スピードで躍りかかってきた。
「死ねええええええええっ!!」
膨大な魔力が籠った四つの拳を振りかぶり、四方から迫りくる。
ボンッッッ!!!!
「……え?」
そんな声が悪魔の口から零れた。
分厚い腹には穴が大きな開き、砕け散った骨や肉塊、それに血が地上へと降り注ぐ。
なぜそんなことになっているかと言うと、奴の拳が直撃する前に懐へと飛び込んだ俺が、逆にその胴へと拳を叩き込んだからだ。
……いや、相手も本気っぽかったし、こっちも全力で殴りはしたけど。
さすがに一撃で腹がこんなことになるとは思ってなかった。
「ば、馬鹿な……このオレが……」
痛みよりも驚きが勝っているのか、わなわなと唇を震わせる悪魔。
「ええと……意外と脆い……?」
「っ……な、舐めるな、小僧がぁっ!」
怒りの咆哮が轟き、悪魔の拳が背後から迫りくる。
それを喰らう前に、俺は悪魔の下顎目がけて拳を振り上げた。
バンッッッ!!!!
悪魔の頭が爆砕した。
首から上を失った悪魔は、俺を殴りつけようとしていた拳も停止、さらに翼も力を失い、そのまま浮力を失って地上へと落ちていった。
グシャリ、と地面に激突して潰れる音が空まで響いてくる。
聖騎士たちが慌てている様子がここからでも見て取れた。
「……死んだのか?」
恐る恐る地上へと降りていく。
頭部を失い、腹に大穴が開いた悪魔は、ピクリとも動かない。
「いや、少しずつ再生していってる……?」
よく見てみると、失われた部位が微かに蠢いていた。
俺の再生速度とは比べ物にならないが、それでも高い再生能力を持っているらしい。
「完全に消滅させたら大丈夫かな? いや、それでも俺みたいに復活する可能性はゼロじゃないか……」
そこで妙案に思い至った俺は、尻餅をついて呆然としているおっさんへと視線を向ける。
「ええと……一つ提案があるんだが」
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