第92話 手も足も出なかった
鳴り響くけたたましい警報音。
神殿に悪魔が現れたとの一報を受けて、メルト教の聖騎士たちがすぐさま現場へと急行した。
「っ……奴か!」
聖騎士たちを率いるのは、休養中の騎士団長に代わって団を統率しているデルエルだ。
彼はそれらしき存在を確認すると、すぐさま配下たちに命じた。
「すぐに包囲しろ! ここから一歩たりとも外に出すなよ! 聖騎士団の名に懸けて、一人たりとも信徒たちに被害を出すことは許さん!」
その命令に即応し、聖騎士たちが一斉に悪魔を取り囲む。
完全包囲が為されたのを確認すると、デルエルは破魔の剣を抜きながら鋭い口調で問うた。
「悪魔め、一体どこからここに入り込んだ? 神殿周辺には魔を寄せ付けぬ最高レベルの結界が常に張られている。並の悪魔では触れただけで死ぬほどの強力なものだ」
「このわたくしが並の悪魔と比較されてしまうとは、少々気分が悪いですねぇ」
この状況にあって平然と嗤っている悪魔に、デルエルは己の中の警戒レベルを引き上げる。
間違いなく上級に分類される悪魔だろう。
「……上級悪魔だろうが並の悪魔だろうが、関係ない。我らアルベール聖騎士団が、今ここで貴様を完全に滅する。ただそれだけだ!」
力強く宣言するデルエル。
それに呼応するように、聖騎士たちも全身から闘気を漲らせて目の前の悪魔を威圧した。
その様子に悪魔は口の端を歪め、一言。
「……頭が高いですねぇ、皆さん。平伏しなさい」
「「「~~~~っ!?」」」
気づけばデルエルを含め、全員がその場に膝を突いていた。
「な……何だ、このプレッシャーは……?」
「ば、馬鹿な……身体が、言うことを、聞かない……」
「あ、あ、あ……」
身体の震えが止まらない。
聖騎士たちは目の前の悪魔との格の違いを悟り、その場から動くことすらままならなくなってしまった。
「どうやら力の差を理解できたようですねぇ? さあ、それでは犬のように情けなく這いつくばりながら、わたくしに懇願するのですよ。偉大なるご主人様、どうかわたくしめをあなた様の飼い犬にしてください、とね」
「っ……ふざけるな……」
「我々は誇り高き聖騎士だっ……」
「誰が悪魔などに……」
「……ダメですねぇ、反抗的な犬は」
次の瞬間、悪魔の全身から凄まじい魔力が吹き荒れた。
「「「~~~~~~~~っ!?」」」
まだ本気を出してなどいなかったのだ。
底知れない悪魔の力を前に、何人かの聖騎士たちが泡を吹いて気を失い、辛うじて意識を保っている者たちも、もはや聖騎士としての矜持をかなぐり捨てるしかなかった。
「い、偉大なるご主人様っ……」
「ど、ど、どうかっ……わたくしめをっ……」
「あああ、あなた様のっ……か、飼い犬にっ……してくださいっ……」
盛大に涙と鼻水を噴き出し、ガクガクと全身を震わせながら、彼らは懸命に懇願する。
「……わ、我ら聖騎士を舐めるなぁぁぁっ!」
そんな中、唯一この圧力を跳ねのけて悪魔に躍りかかった者がいた。
副団長のデルエルだ。
だが彼は悪魔に近づくことすらできなかった。
「っ!? ~~っ!?」
その身体が勝手に宙へと浮きあがり、息ができないのか手足をバタつかせながら苦しそうに藻掻き出した。
その様子になぜか悪魔も身を悶えさせ始める。
「ああっ! ダメです……っ! そんな顔されると……もっともっと苦しめて差し上げたくなるじゃないですかぁっ!」
「~~~~っ!?」
デルエルの片腕が身体と直角に伸びたかと思うと、ミシミシと嫌な音が響き、
ブチィィィッ!!
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
腕が引き千切られた。
「ひゃはははははっ! 次は左腕がいいですかぁっ!? それとも足がいいですかねぇっ!?」
目の前で繰り広げられる恐怖の光景に、聖騎士たちは声も出なかった。
当然、副団長を助けようと立ち上がることなどできない。
そのときだった。
笑い声を響かせる悪魔の頭上へ、突如として凄まじい閃光が降ってきたのは。
カッ―――――ドオオオオオオオオンッ!!
爆音が轟き、発生した衝撃波が近くにいた聖騎士たちを吹き飛ばした。
建物がミシミシと揺れ、庭の木が何本か圧し折れて倒れ込む。
そんな光撃をまともに喰らった悪魔は、
「…………今のは、なかなか痛かったですねぇ」
足元の地面が大きく抉れているにも関わらず、平然とその場に立っていた。
「これを受けてもその程度のダメージか。随分と凶悪な悪魔が侵入してきたものだな」
「きょ、教皇猊下……っ!」
現れたのは聖メルト教のトップ、教皇エルメニウス四世その人だった。
「教皇猊下だ……」
「は、ははっ……これであの悪魔も終わりだ……」
彼の姿を見るや、悪魔の恐怖に飲まれて動けなくなっていた聖騎士たちが、次々と士気を取り戻していく。
それだけでその存在の大きさが理解できるというものだ。
しかしこの状況において、教皇エルメニウス四世が聖騎士たちを安堵させたのは、他でもない。
彼こそが、ここメルト・ラム聖教国において、誰もが認める最強の人間だからである。
「皆、下がっているといい。この悪魔は私が討伐する」





