第82話 バレてしまった
どうやら船が海賊に乗っ取られてしまったらしい。
「え? マジで?」
様子を見に行った聖騎士少女も危ないんじゃないだろうか。
そのとき廊下の方から足音が近づいてきた。
聖騎士少女が戻ってきたのかもしれない。
だがドアを乱暴に開ける音とともに、見慣れぬ男が部屋に入ってきた。
俺をじろりと見て、吐き捨てる。
「ちっ、特等室のくせにやけに見すぼらしい格好してんな」
悪かったな。
どうせ俺が着てるのは特等室には相応しくない安物の服だよ。
「おい、死にたくなけりゃ大人しくしてろよ!」
恐らく海賊だ。
そんな脅しの声を浴びせてくる男に、俺は無防備に近づいていった。
「てめぇ、大人しくしろって言ってるだろう!?」
声を荒らげ、手にしていたサーベルを突き付けてくるが、今の俺には怖くもなんともない。
サーベルの刃を素手で掴み――バキンッ!
「は? ぶげっ!?」
腹に拳を一発見舞うと、それだけで男は白目を剥いて気を失ってしまった。
その脇を通って廊下へ出ると、また別の海賊に鉢合わせてしまう。
「なっ、貴様、どこに――がっ!?」
そいつも一撃で黙らせ、俺はそのまま廊下を進んでいくのだった。
「……恐らく甲板だろうな」
甲板に出ると海賊だらけだった。
客船のすぐ近くには彼らのものと思われる船が横付けされているし、床には縄で縛られた冒険者たちが転がっている。
本当に海賊に占拠されてしまったようだ。
この様子では、聖騎士少女も無事ではないかもしれない。
「ちっ、客が何でここにいるんだよ? 放送を聞いてなかったのか?」
海賊の一人がこっちに近づいてきたかと思うと、乱暴に俺の胸倉を掴んでくる。
「ぶち殺されたくなかったら船室に戻ってな」
やばい、フードが……。
胸倉を掴まれたせいで、被っていたフードが脱げそうになった。
このままでは至近距離から目の前の海賊に顔を見られ、俺が噂のノーライフキングだと気が付かれる可能性がある。
その事態を避けようとして、俺は咄嗟に海賊を押し飛ばした。
「ぐあああああああっ!?」
……あ、ちょっと力加減を間違えた。
お陰でその海賊は十数メートルも宙を舞い、甲板の上へと叩きつけられる。
気を失ってしまったようで、そのまま白目を剥いて起き上がってくることはなかった。
一瞬で甲板が騒然となり、俺に注目が集まってくる。
慌ててフードを目深に被り直した。
「お前は確か、そこの娘と同室の……はっ、心配になって探しに来たか。だが残念だったな。この船はすでに俺たちが乗っ取った。船室で大人しくして……ん? 間違いなく紅茶を飲んでいたはずだが……なぜまだ起きている?」
見知らぬ男が俺を見てなぜか驚いている。
海賊の一味のようだが、服装だけは船員のそれだ。
俺が紅茶を飲んだ?
何でそれを知っているんだ?
疑問だが、それよりも俺の意識は、船員服の男のすぐ近くの床に転がる彼女へ向いた。
聖騎士少女だ。
見たところ眠っているだけらしい。
胸を撫で下ろしていると、
「「「やっちまえ!」」」
武器を手にした海賊たちが一斉に俺を取り囲んできた。
「はっ! この数を相手に随分と余裕だなァ! 死ねやァ!」
そのうちの一人がサーベルを手に斬りかかってきた。
ぱしっ!
俺はそれを手のひらで受け止める。
「え? ――うあああああああっ!?」
呆然としているそいつを逆の手で掴むと、海に向かって放り投げた。
その後も次々と躍りかかってくる海賊たちを海に投げ捨てていく。
甲板の大掃除を敢行しながら、俺は真っ直ぐ聖騎士少女のところへ。
船員服の男が引き攣った顔で叫ぶ。
「な、なぜだ!? お前は間違いなくあの紅茶を飲んだはず! なぜ起きている!?」
だから何でお前がそれを知ってるんだよ?
あれを持ってきたのは副船長のはずだ。
いや、待てよ……もしかして、あれに何か入っていたのか?
それなら聖騎士少女がやたらと眠そうにしていたのも頷ける。
俺はアンデッドだから効かなかったのだろう。
たとえ猛毒を盛られていたとしても何ともないはずだ。
「そ、それ以上近づくな! この女を殺されたくなかったらな!」
「……っ!」
あっ、あいつ、聖騎士少女を人質にしやがった!
なんて卑怯な……と思ったが、そもそも海賊に卑怯もくそもない。
「やれ! 殺しても構わん!」
「「「おおおおおっ!」」」
お陰で俺は海賊たちから滅多打ちだ。
普通なら万事休すだが、俺にとっては痛くも痒くもない。
やられながら隙を伺う。
だが身体は無事でも、身に付けていた衣服はそうはいかず。
襤褸切れ同然となったフードが風で宙を舞った。
男が俺の顔を見て叫ぶ。
「っ……そ、その目、その髪……ま、まさか……っ! の、の、の、ノーライフキングぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
やばい、バレた!?
「ノーライフキング?」
「何だ、それは?」
海賊たちの多くは首を傾げているが、船員服の男だけはナイフを取り落としてしまうくらい怯えている。
……今だ!
俺はすかさず床を蹴って彼我の距離を詰めた。
「~~~~~~~~っ!?」
一瞬にして眼前に現れた俺に目を見開く。
それがよっぽど恐ろしかったのか、そのまま口から泡を吹いて倒れてしまった。
「あれ? 気絶した……」
まだ何もしてないんだが……。
まぁいい、それより今は聖騎士少女の方だ。
「大丈夫か?」
頬をぺちぺちと叩いてみるが、目を覚ます気配はない。
だがちゃんと息はしているので、眠っているだけのようだ。
「ええと……」
縄で身体を縛られ、すぐ近くの床に転がされていたのは船長だ。
海賊に殴られたのか、顔に青いあざができている。
「ひっ」
俺が視線を向けると、頬を引き攣らせて小さな悲鳴を漏らす。
……マズいな。
どうやら船長にまで俺がノーライフキングだと知られてしまったようだ。
いや、ひとまずそれは後回しだ。
まず残りの海賊どもをどうにかしないと……。
ドオオオオオオン、という凄まじい音とともに、船が激震したのはそのときだった。





