第77話 Gが出た
食事が終わってしばらく経った。
食べた直後はお腹に溜まっているような感覚があったが、今はすっかり消え去っている。
もしかしてちゃんと消化されたのだろうか?
「それどころか完全に空っぽな感じがするな……完全に吸収され切って、排泄も必要なかったりして」
まぁこの身体の異常さには散々驚かされてきた。
この程度では驚くには値しない。
聖騎士少女は今、部屋に備え付けられているシャワー室にいる。
ちなみにシャワー室というのは身体を洗うための場所らしい。
しかもお湯まで出るそうだ。
最初は高級宿だからかと思ったが、どうやら最近では普通のグレードの宿でもこれが一般的らしい。
「各部屋にそんなもんが付いてるなんてな……俺が生きていた時代では考えられない話だ」
当時は身体を洗いたければ、井戸水を使うしかなかった。
部屋も個室を使えるのは一部の金持ちくらいで、大きな部屋で利用客たちが雑魚寝するのが普通だったし。
ジャ~~~~~~、という水を流す音が聞こえてくる。
……お、落ち着かない。
さすがに同じ部屋に男がいるというのに無防備ではないだろうか?
「コミュ障にそんな勇気はないってか。……うん、その通りだが」
そもそもアンデッドだし、男だとは認識されてないのかもしれない。
だから同じ部屋に泊ることに抵抗がないのだろう。
◇ ◇ ◇
「や、やはり別々の部屋にするべきだった……」
シャワーを浴びながら、私は自分がした判断に後悔していた。
アンデッドとはいえ、年頃の男と同じ部屋に寝るなんて……さすがに早まってしまったかもしれない。
今だって、ドキドキしながらシャワーを浴びているのだ。
そんな勇気などないとは分かっているものの、ドアを開けて覗いてくるのではないか、という不安が拭い切れない。
本当ならあいつを部屋から追い出しておいて浴びたかったのだが、さすがに自分で同じ部屋にすると決めた手前、そうは言い辛かったのである。
「だいたい貴様が悪いんだ……」
朝起きたら、また勝手にどこかに行ってしまっているのではないか。
先日置いていかれたときのことを思い出し、なぜかそんな焦燥にも似た感情が込み上げてきてしまったのが原因だ。
「せめて一言くらい言ってからにしろ」
確かに書置きはあったが、その程度のこと普通は直接言うものだ。
なぜわざわざ書置きなんかにするのか。
「……心配するだろうが……まったく……コミュ障アンデッドめ……」
お陰でこんな状況になってしまった。
全部あいつのせいだ……あいつの……。
「あいつは…………何でアンデッドなんだ……」
熱いお湯を全身に浴びながら、ふとそんな言葉が口から零れてしまう。
私に怒られてしゅんとしたり。
同じ部屋に泊ると聞いて慌てたり。
初めてピザを口にして、その味に驚いたり。
ついでに途轍もないコミュ障だったり。
見た目もそうだが、普通の人間としか思えない。
お陰で私は――
「っ!?」
そのとき何かの気配を感じて、私は咄嗟に視線を転じた。
まさか、奴が覗きを……っ!?
だが振り返ってもそこには誰もいなかった。
いや、何か黒いものが……。
カサカサ。
そして私は発見してしまう。
この世で最も悍ましく、最も私が嫌悪するアイツを。
「きゃああああああっ!?」
◇ ◇ ◇
「きゃああああああっ!?」
「っ!?」
突然、すぐ近くから悲鳴が聞こえてきた。
シャワー室の方からだ。
聖騎士少女に何かあったのか……?
「だ、大丈夫か……っ?」
俺が慌てて近づこうとしたそのときだった。
シャワー室のドアがものすごい勢いで開いたかと思うと、中から聖騎士少女が飛び出してきた。
……真っ裸で。
ちょうどお湯を浴びているところだったのか、全身びしょ濡れだ。
さらにそのままこっちに向かって突進してくる。
「ちょっ、何を――」
「助けてくれっ!」
「っ!?」
飛びつかれた。
降りかかる水滴と一緒に甘い匂いが鼻孔を擽り、柔らかで滑らかな肌の感触が全身を襲う。
「~~~~~~~~っ!?」
むしろ俺が悲鳴を上げたいくらいだった。
男の意地で辛うじてそれを堪えたものの、この状況をどうしていいのか、女性経験など皆無な俺にはまったく分からず狼狽えるしかない。
聖騎士少女が涙目で俺の顔を見上げてくる。
もし心臓が動いていたなら、今頃はすさまじい勢いで鼓動を繰り返していたことだろう。
「じ、じ、じっ……」
「じ?」
「Gが出たんだっ!」
「へ?」
まるで予想していなかった言葉に、思わず変な声が漏れた。
「Gって……あの黒光りした?」
「そのGだっ! わ、私がこの世で最も嫌っているっ!」
どうやらシャワー室でGを発見し、それで裸のまま飛び出してきたようだった。
「……わ、分かったから……その……は、離れてくれないか?」
「っ!?」
自分の今のあられもない姿を思い出したのか、元から火照っていた聖騎士少女の顔がさらに真っ赤に染め上がっていく。
俺が頬を引き攣らせながら顔を背けると同時、柔らかい感触が去っていった。
しばらくの間をおいて視線を戻すと、頭まで毛布に包まり、部屋の隅っこにいた。
うーうーという唸り声が聞こえてくる。
「と、とりあえず、そいつを処理すればいいんだな……」
俺はGがいたというシャワー室へ。
すぐにそいつを発見した。
田舎育ちの俺にとって、Gなど怖がるような相手ではない。
地面をカサカサと移動していたところを素手で捕まえ、そのまま窓から外へと放り捨ててやった。
「……もう大丈夫だぞ」
「さ、さすがアンデッド……Gを素手で処理するなんて……」
なぜか感動されてしまった。
別にアンデッドだからではなく、人間だった頃から平気なのだが。
「ほ、他にも! 他にもいないか、念のため調べておいてくれ! 奴は一匹いたら百匹いるかもしれないという、恐ろしい虫だからなっ!」
……聖騎士少女の不安が拭えるまで、部屋の中を隈なく調べ尽くす羽目になったのだった。





