第68話 秘密を解き明かした?
現在地をしっかり確認することができた俺は、再び目的地に向かって歩き出そうとしていた。
「……ん?」
異変に気づいたのはまさにそのときだ。
「煙?」
それほど遠くはない。
家を一、二軒挟んだ向こうから、もくもくと黒い煙が上がっているのが見えたのだ。
「……火事か?」
気になって見に行ってみると、一軒の家から炎が上がっていた。
周囲には野次馬が集まり始めているが、火を消し止める手段がないのか、ただ家が燃えていくのを見ているだけだ。
そんな中、一人の若い女性が泣き叫んでいた。
「息子がっ! 息子がまだ中にいるんです!」
どうやらこの家の持ち主らしい。
逃げ遅れた子供がいるようで、彼女は燃え盛る家に今にも飛び込もうとして、それを他の人たちが必死に抑えていた。
「あんたまで死んじまうぞ! 消防隊を待て!」
「離してぇっ!」
気づくと俺は野次馬を押し退け、その家の前まで駆け寄っていた。
「お、おい、あんた、危ねぇぞ!?」
心配されたが、俺はアンデッド。
炎に焼かれて死ぬような身体ではない。
「……助ける」
それだけ告げて、俺は燃え上がる家に飛び込んでいった。
中は煙で充満しており、ほとんど何も見えない。
そこで俺は、軽く魔力を放出してみる。
魔力の反響具合によって、大よその建物内の構造を理解するためだ。
「二階建てか。何となく上の階に人っぽい反応があったな」
俺はそう当たりをつけ、奥にあった階段を上っていく。
階段は炎に包まれ、今にも崩れそうになっていたので、一息で飛び越えてやった。
二階も煙で酷い有様だが、幸いまだ炎は回ってきていないようだった。
出火場所は一階だったのだろう。
廊下を進んで、最初の部屋の中を覗き込む。
いた。
五歳くらいの子供が部屋の真ん中に倒れ込んでいた。
見たところ目立った外傷はない。
恐らく煙を吸って意識を失ってしまったのだろう。
「……まだ生きてはいるな」
俺は子供を抱え上げる。
と、そのときだった。
突然、足元がぐらついてしまったのだ。
建物が崩落する!
そうと直感した俺は、咄嗟に子供を胸元に深く抱き締めると、窓へとダイブした。
ガラスを破壊し、空中へと躍り出る。
そのまま地上に着地すると、野次馬たちから「おおおおっ!?」という声が上がった。
「……よいしょっと」
燃え上がる家屋から離れ、そこで子供を地面に寝かせてやる。
「リンダっ!!」
先ほどの母親が血相を変えて駆け寄ってきた。
一緒に近づいてきたのは治癒士か、素早く子供の容態を確認し、母親を安心させるように断言した。
「大丈夫、生きています。ただ、中毒になっている可能性があるので、治療しますね。――ヒール」
そして治癒魔法をかけ始めると、子供の無事に安堵したのか、野次馬たちの注目が俺の方へと移ってきた。
「すげぇな、兄ちゃん! あの炎の中から子供を助けるなんてよ!」
「素敵!」
「しかも火傷一つ負ってねぇ!」
次々と投げかけられる賞賛。
いや、俺は当然のことをしたまでだ……と堂々と言えたらカッコいいのだろうが、生憎とコミュ障の俺は大勢の視線が苦手だ。
「な、なぁ、あの白い髪って、もしかして……」
「え? あの今、話題になってる……?」
しかも一部からそんな声が聞こえてきた。
マズい! 炎に焼かれて顔を隠していたフードが焦げ、白い髪が露出してしまっているんだ!
「……ふう。これで大丈夫でしょう」
「ああ、よかった! ありがとうございます! あなたも娘を助けていただいて、ありが……あら? いない?」
先ほどの母親が礼を言ってくるときには、すでに俺は野次馬を掻き分け、そそくさとその場を立ち去っていた。
◇ ◇ ◇
「それで、ベルエール! そろそろお前の言うノーライフキングの秘密ってのを教えやがれ!」
「ええ、いいでしょう」
走りながら怒鳴るイルランに、私は頷きます。
他の二人からも注目が集まる中、私はノーライフキングに関する持論を語りました。
「災厄級の魔物とされながら、その実、被害はほとんど出ていません。遭遇した冒険者も、誰一人として死んでいないのです。それはなぜか。私はこう考えました。そもそもノーライフキングには、冒険者を殺す力すらないのではないか、と」
「おいおい、それじゃ、タラクスロードをぶち殺したって話はどうなるんだよ?」
「あなたの疑問はもっともです。ですが、その話が真実ではなかったとしたら?」
「何だと?」
そうして私は核心へと踏み込みます。
「私の結論はこうです。タラクスロードも、雷竜帝も、すべて奴が見せた幻覚である、と」
「なっ? 幻覚だと……?」
「ええ。つまり奴は、恐ろしく強力な幻惑魔法の使い手……」
同じく強大な力を持つアンデッドであるワイトキングなどが、そうした幻惑魔法を使います。
もっとも、それはごく少数の人間を惑わし、恐怖に陥れる程度のもの。
「英雄王をはじめとする王国軍、そして王都の住民の多くが、雷竜帝を目撃しています。だからこそ、誰もそれが幻覚だと気づかなかったのです」
一体誰が、数千、いや数万人もの人間が同時に幻覚を見せられていたなどと、荒唐無稽なことを考えるでしょうか。
きっとこの私くらいでしょう、この秘密を解き明かしたのは。
しかしすべてが幻覚だと考えるならば、ノーライフキングに関するすべての違和感を払拭することができるのです。
「けどよ、それが間違いないとして、どうやってそれを防ぐってんだよ?」
「これです」
イルランの疑問に、私は左腕に装着したそれを見せます。
「何だ、その腕輪は?」
「幻惑耐性を付与した特注の腕輪です。これでもかというくらい何重にも耐性をかけていますから、きっとノーライフキングの幻惑魔法をも防ぐことができるでしょう。ちなみにこれで今までこつこつ貯めてきた貯金がすべて飛びました。まぁ、ノーライフキングの討伐報酬に比べれば安いものでしょう」
「ははっ! 見た目に反してギャンブル好きだな! 嫌いじゃねぇぜ!」
もちろん人数分は用意できませんでしたが、私一人でも幻惑されなければ、どうにかなるはずです。
恐らく幻惑魔法さえ防げば、奴は大した力のあるアンデッドではないでしょうから。
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