第66話 単独行動になった
「はああ……緊張した……」
英雄王が去った後、俺はふらふらしながら椅子に座り込んだ。
「災厄級のアンデッドが何を言っているのだ」
「中身はごく普通の庶民なんだよ……」
前世で会ったことのある最も身分の高い人物と言えば、小さな町の領主くらいだ。
それも何人かと一緒だったので、先ほどのように直接やり取りしたのは初めてである。
聖騎士少女がいなかったら、きっと逃げ出していたことだろう。
そうして翌日には、英雄王が手配してくれた船のチケットが届いた。
どうやら特等室を用意してくれたらしく、同封された手紙を読むと、そこは一般の客とは乗り場もエリアも違うという。
「船員たちには貴様の正体は隠しつつ、特別な事情があることを伝えてくれたようだ。恐らくフードで顔を隠していても、確認されるようなことはないはずだ」
さらにご丁寧なことに、船が出る港町までの地図も同封されていた。
「……? 港町までの道のりは、私も知っているが……」
聖騎士少女が不思議そうに首を傾げていた。
その日の夜である。
客たちが完全に寝静まった頃、俺は秘かに宿を後にしていた。
もちろん聖騎士少女にも内緒だ。
朝になって初めて、隣の部屋に俺がいないことが分かるはずだった。
「一応、部屋に書置きをしてきたから大丈夫だろう」
俺は一人で港町まで行くつもりだった。
幸い英雄王が地図を同封してくれたので、単身でも辿り着けるはずである。
俺が一緒だと、彼女までトラブルに巻き込まれかねないと思ったからだ。
――災厄級に指定されている魔物だ。もし討伐に成功すれば、多額の賞金を得ることができる。ゆえに、特に若くて血気盛んな冒険者たちが、一攫千金を狙い、討伐せんと意気込んでいるらしいのだ。
去り際に英雄王が教えてくれた、その真意までは分からない。
だが何となく、俺が一緒だと聖騎士少女を危険に晒すことになると、警鐘を鳴らしてくれたのではないかと思う。
彼女とはちゃんと港町で合流するつもりだ。
……どのみち俺一人じゃ船に乗れないしな。
そうして俺は、地図を見ながら歩き出すのだった。
◇ ◇ ◇
私の名はベルエール。
自分で言うのもなんですが、こう見えて凄腕の魔法使いです。
若干二十歳にして金等級にまで到達し、将来的には白金級も夢ではないと言われています。
そんな私は現在、ここロマーナ王国にて、パーティを組む仲間たちと共に忙しい冒険の日々を過ごしています。
才能に溢れ、向上心もあり、さらなる高みを目指し続けている――そんなメンバーたちに恵まれたこともあって、とても充実した毎日です。
彼らと冒険をするようになってから、間違いなく私は大きく成長できたと思っています。
「ちっ、今日も載ってねぇか」
手に入れたばかりの新聞の見出しだけをざっと流し見て、舌打ちを零したのは、そんなメンバーの一人、イルランです。
背が高くて細身ですが、自分の身体に匹敵する大剣を振るう豪剣士。
逆立てた髪の毛が特徴的です。
一応、このパーティのリーダーでもあります。
正直、あまり頭の方は良くないのですが……まぁ、足りない頭は私が補っているため、特に問題はありません。
ちなみに彼もまた、私と同じく若くして金等級となった男です。
「災厄級の魔物と言やあよ、歩く災害みたいなもんだろ? 何で突然ばったりと情報が途切れちまうんだよ」
「見た目は普通の人間と変わらないと言いますからね。しかもアンデッド。気配を消すのも上手いのかもしれません」
世間を大いに騒がせた、大災厄級とも目されるアンデッド、ノーライフキング。
しかし数日前から、ばったりとその情報が途切れてしまったのです。
最後に新聞に載ったのは、ここロマーナの隣国であるタナ王国での目撃情報でした。
ですがそれ以降は、識者たちの好き勝手な予想が並んでいるだけで、有力な情報は一度もありません。
「やっぱタナ王国だな。直接行ってそこで探そうぜ」
「これまでの情報から推測するに、ノーライフキングはかなり頻繁に移動しているようです。今から行ったところで、無駄骨になる可能性が高いでしょう。やはり新たな情報が手に入るのを待つべきです」
イルランがノーライフキングに固執しているのは外でもありません。
災厄級のアンデッドを、自分たちの手で討伐しようと考えているからです。
「ねー、でも本当にあたしたちで倒せるのー? あの〝百鞭〟のエスティナとか、〝豹変のバルダ〟でさえ、手も足も出なかったって話なのにさー」
そう横から口を挟んできたのは、パーティのシーフであるミットです。
見た目は可愛らしい少女……しかし実際には少年である彼ですが、そのシーフとしての実力は随一。
他のパーティが幾度となく引き抜こうとアプローチしてきたほどです。
もちろん彼も金等級。
「はっ、だからこそ、オレたちが討伐したら、一発でみんな揃って白金級だ。しかも討伐報酬だけで一生暮らしていけるだろうぜ」
イルランが鼻を鳴らして、ミットの意見を一蹴しました。
彼のその発言を、世間知らずな若造の夢物語だと思う人もいることでしょう。
……実際、彼自身はあまり深く考えていないと思います。
ですが、私はイルランとは違います。
勝算があって、この挑戦に賛同しているのです。
「もし本当に大災厄級の魔物であれば、白金級の冒険者と言えど、ただでは済みません。ですが、二人が死んだり重傷を負ったりしたという情報がありましたか? ないでしょう。それどころか、その後もノーライフキングは各地で目撃されていながら、ほとんど被害らしい被害が出ていないのです。変だと思いませんか、ミット?」
「確かに変だよー」
「ノーライフキングには間違いなく秘密がある。その謎を暴いてやれば――」
我々でも討伐することができるはず。
私はそう考えているのです。





