第64話　すんなり入場できた

「あ、お姉ちゃんに白いお兄ちゃん！　お帰りなさい！」

　帝国を後にした俺たちは、いったんあの廃墟の都市に住む子供たちのところへ戻った。

　いきなり姿を消したため、きっと心配しているだろうと思ったからだ。

「朝起きてお姉ちゃんが急にいなくなっちゃったと思ったら、今度はお兄ちゃんもいなくなっちゃったから！」

「心配させてすまない。もう大丈夫だ」

「ひひひ、姉ちゃんたち、随分と長い間お楽しみだったんだな～」

「なっ、何を言っているっ？　そんなんじゃない！」

　子供にからかわれて、顔を真っ赤する聖騎士少女。

「？　お兄ちゃん、お楽しみって何のこと？」

「ははっ、秘密だよ、秘密」

「えー、何でさー？」

「お前にはまだ早いからな」

「いいもん！　お姉ちゃんに教えてもらうから！」

「ちょ、ちょっと待て！　私に訊くな！　というか、そもそも何もやましいことなどしていない！」

　ちなみに俺はというと、少し離れた位置で彼女たちのやり取りを聞いている。

　兄妹の矛先が完全に聖騎士少女だけに向いているのは、会話が苦手な俺を相手にしても仕方ないと知っているからだろう。

　……コミュ障ってたまには役立つこともあるんだな。

「それはそうと、私たちはまた行かなければならないんだ」

「えー？　やだよ！　もっと一緒にいようよ！」

「こら、聞き分けのないこと言うなって。兄ちゃんたちにも色々と事情があるんだよ」

　聖騎士少女が切り出すと妹の方が駄々をこねだし、それを兄が咎める。

「うー、じゃあ、また遊びに来てよ！」

「ああ、分かった。機会があればまた来る」

「白いお兄ちゃんもね！」

「……」

　こくり、と頷いてはみたが、生憎と永遠にその機会は訪れないだろう。

　俺はこれから聖騎士少女とともに聖教国とやらに赴き、そこで浄化してもらうのだから。

　……そうでなくとも、人見知りの俺がわざわざ会いに来るなんてあり得ないけれどな。

　そうして子供たちに別れを告げた俺たちは、ひとまずロマーナ王国へと向かうことに。

　ロマーナ王国というのは、どうやら俺が最初に訪れた国らしい。

「ロマーナであれば聖教国への移動手段も多いからな。それに……」

「……それに？」

「貴様に会わせたい方がいるんだ」

　そう言われて、俺は顔を顰める。

　コミュ障にとって、誰かと会うというのはそれだけで非常に精神を擦り減らすことなのである。

「殺しても死なないアンデッドだろうに、何を怖れることがあるんだ」

「……確かに肉体は強くなったかもしれないが……メンタルの方はそうはいかないんだよ……」

「心配するな。貴様も一度、会ったことがある人物だ」

「……一度会ったことがあるからって、気持ちが楽になると思ったら大間違いだぞ？」

　一度どころか、何度も会っていてもロクに会話ができないからコミュ障なのだ。

「まったく、難儀なアンデッドだな」

　聖騎士少女は呆れたように息を吐いた。

「見えてきたぞ」

「……」

　子供たちと別れてから数日。

　俺たちはロマーナ王国の王都へと辿り着いていた。

「どうしたんだ？　そんなに空を見回して？」

「いや……」

　ここは俺があの黄金色のドラゴンと戦った場所だ。

　そのせいで、また空から飛んできやしないかと、思わず警戒してしまうのである。

　幸い、今のところ奴がやってくる気配はないが……。

　前回は城門の前に軍隊が整列していたけれど、今回は商人や旅人と思われる人々が街道を行き来しており、随分と平和的だ。

「ほ、本当に中に入るのか……？」

「心配するな。私が言う通り、貴様は黙って大人しくしていればいいだけだ。絶対にバレることはない」

「……」

　ちなみに俺は今、魔導師が身に付けるようなフード付きのローブを着ている。

　フードを深々と被ることで顔を隠してはいるのだが、もし入り口の検問で脱がされたら特徴的な白髪と赤目のせいで、一発でバレてしまうだろう。

　どうやらすでに俺の容姿は、あちこちで知れ渡ってしまっているらしいのだ。

　いや、容姿どころではない。

　ノーライフキングなどと呼ばれ、超危険なアンデッドだと認識されているそうなのである。

　それも、なんと災厄級だ。

　下手すれば大災厄級にまで引き上げられる可能性もあるという。

　いやいやいや、俺、至って善良なアンデッドなんですけど！？

　いつの間にそんなことになってんだっ？

　と思ったら、俺への嫌がらせか、それとも世界を混乱させてやろうというイカれた悪戯心か、どうやらあの死霊術師が死に際に大嘘を吐いたらしく、それが拡散してしまったらしい。

　あの野郎……。

「無論、それだけでもないがな……貴様の行動が色々と裏目に出てしまったというか……。まぁ、不気味な笑みを浮かべて相手を恐嚇してきた貴様も悪いのだが」

「……そんなに酷いかな？」

「それで女帝が気を失ったのを忘れたのか？」

「うぐ……」

　気を失ったとこどか、心臓が止まって……いや、あれはきっと気のせいだ。

　うん、そうに違いない。

　そんなやり取りをしている間に、城門までやってきた。

　どうやら中に入るには許可証が必要らしいのだが……俺、そんなもの持ってないぞ？

　検問官の男が聖騎士少女に声をかける。

「入場許可証を」

「確認してくれ」

「っ……これは……ど、どうぞ、お通りください」

　提示された許可証を見るなり、検問官の態度が変わった。

　荷物等の確認もなく、すんなりと通貨の許可が下りる。

　だが、さすがにすぐ隣を歩いている俺までも、そのまま素通りさせるわけにはいかなかったらしく、

「あ、し、失礼ですが、その連れの方は？」

「私の奴隷だ」

「さ、左様でしたか」

「何か問題でもあるか？」

「い、いえ、問題ございません。どうぞ」

　結局、特に詳しく追及されることもなく、あっさりと城門を通り抜けることができたのだった。

「さすが、英雄王から直々にもらった許可証だな。もし貴様を連れてきたときは、これを使うようにとあらかじめ貰っていたんだ」

　聖騎士少女は感心したように言った。

　ていうか今、聞き捨てならない言葉を聞いた気が……。

「英雄王……？」

「そう言えば、まだ言ってなかったか？　貴様に会わせたいのはこの国の国王陛下だ」

　……えっ？