第61話 帝都を蹂躙した
都市中央に聳え立つ城に向かって、俺はひた走っていた。
避難したのか、人の姿は見えない。
「っ!」
そのとき両側に立つ家々の屋根から、突如として大勢の人影が姿を現した。
手にはまた、あの鉄の塊を撃ち出してくる謎の武器――先ほど兵士たちが叫んでいたのを聞いたが、どうやら〝銃〟というらしい――を持っている。
「これ以上、先へと進ませるなぁっ! 撃て撃て撃てぇぇぇっ!」
鉄の雨が降り注ぐが、やはり俺には効かない。
「だ、ダメですっ! 銃弾がまるで通じません……っ!」
「抜けられてしまう!?」
愕然としている彼らの前を、俺はあっという間に駆け抜けていく。
さらに行くと、今度は道いっぱいに展開した騎馬部隊が立ち塞がった。
「ノーライフキング、来ましたっ! 凄まじい速度です……っ!」
「怯むなァッ! 我らが帝都で、これ以上アンデッドごときに好き勝手させてたまるかァッ! 絶対にここで食い止めろッッッ!」
「「「おおおおおおおおおっ!」」」
槍を掲げて雄叫びを轟かせているが、いちいち彼らの相手をしてやる必要はない。
地面を蹴り、彼らの頭上を越えていった。
「なァ……ッ?」
「と、と、飛び越えやがったああああっ!?」
驚く声を背後に訊きながら、俺はさらに城へと迫った。
そうしてついに俺は城の目前まで辿り着く。
だがそこは広大な広場となっていて、しかも万に迫ろうかという軍勢が待ち構えていた。
その最前列にずらりと並べられていたのは謎の兵器だ。
形状から判断するに、どうやらこれもあの〝銃〟のように、何かを撃ち出す武器らしい。
ただし大きさは〝銃〟の比ではなく、普通の兵士が数人がかりでようやく運べるほどのサイズである。
「ここを突破されれば、我らが女帝の神聖なる御城に、不浄な魔物の侵入を許してしまうッ! 出し惜しみはせぬぞッ!」
「し、しかし将軍っ……あの魔導砲ですら、通じなかった相手っ! 果たして、ただの大砲が効きますでしょうか……っ?」
「案ずるな! 魔導砲は初めての実践投入だった! 恐らく照準を誤り、外してしまっただけだ……ッ!」
「なるほどっ……」
「ノーライフキングは我らの手で討つぞッ! ――全門、砲撃開始ぃぃぃッ!」
軍勢の指揮官と思しき男が声を張り上げた次の瞬間だった。
直径ニ十センチはあろうかという鉄塊が次々と放たれ、すべて俺目がけて飛んできた。
ドドドドドドドドドドッ!!
そのうち何発かが俺の身体に直撃した。
「「「やったか!?」」」
いや、やってないぞ?
もちろん無傷だ。
一瞬、予想以上の衝撃で吹き飛ばされかけはしたが、少し足を踏ん張って余裕で耐えた。
いずれにせよ、あの最初の魔力光線と比べれば大したことない。
「た、大砲が……」
「今、間違いなく当たっはずだよな……?」
「は、早く次弾を装填して――」
「そんな時間はないッ! あの部隊を出撃させよッ!!」
ズンズンズンズンッ!
急に轟音とともに地面が揺れ始めたかと思うと、兵士たちが左右に割れて道を開けた。
「何だ、あれは……?」
軍勢の奥から現れたのは、身の丈三メートルを超す巨大な人型の鉄塊だった。
二本の腕が手にしているのは、馬を簡単に両断できそうなほどの大剣である。
……ゴーレム?
いや、動く鎧か……?
だがよく見ると中に人が乗っている。
「魔導兵部隊、突撃ぃぃぃぃぃぃぃッ! 一気に叩き潰せッッッッッッ!!」
二十を超える人型の鉄塊が猛スピードで迫ってきた。
「邪魔をするな……っ!」
俺はそのまま真っ直ぐ突っ込んでいく。
すぐに最初の一体と正面から激突する。
ドガアアアアアアアアアンッ!!
「「「魔導兵がっ、ふっ飛ばされたああああああああああっ!?」」」
巨体は宙を舞い、隊列の中へと落下。
さらに俺は続く人型鉄塊たちをも弾き飛ばし、ついには隊列の先頭へと到達する。
「「「ひいいいいっ!?」」」
そのときにはもはや兵士たちは戦意を失っており、俺が近づいただけで倒れていくほどだった。
先ほどの人型鉄塊によって開いた道を走り抜けると、閉じられた巨大な門扉が現れる。
だがそれに近づこうとしたところ、何かに激突してしまった。
「……?」
目には見えないが、どうやら何かが行方を阻んでいるらしい。
恐らく結界の類だろう。
「あ、あの結界は容易には破れぬッ! 絶対に城内に入れてはならぬぞッ! 今のうちに全軍で奴を討てぇぇぇぇッ!」
「「「お、おおおおおおっ!」」」
指揮官が叱咤し、兵士たちが必死に戦意を取り戻す。
死を覚悟したオーガのような形相で躍りかかってきた。
「おらっ!」
パリイイイイイイインッ!
拳を叩き込むと、あっさり結界が割れてしまった。
「「「何いいいいいいいいいいっ!?」」」
目を剥く彼らを後目に、分厚い門扉を蹴り破る。
そうして俺は城内に侵入したのだった。
◇ ◇ ◇
「城門が破られました……っ!」
「何ぢゃとおおおおおおおおっ!?」
伝令兵からの報告に、女帝は思わず叫んだ。
しかしこれはまだ悪夢の序章に過ぎなかった。
さらに続々と最悪な報告が飛び込んでくる。
「だ、第一軍を突破されました……ッ! そのまま真っ直ぐに御城に向かってきていますッ!」
「ノーライフキングっ、ただ今アルメイ通りを通過……っ!」
「第二軍っ、足止めできずに突破を許してしまったようですッ!」
「ミーデリア通りを通過されましたぁぁぁっ!」
「だっ、第三軍っ……抜けられましたっ!」
「ええいっ! 何をやっておるのぢゃっ!? たかがアンデッド一匹ッ! なぜ誰も止めることができぬっ!?」
さすがの女帝も顔を歪め、もはや配下を怒鳴ることしかできない。
「お、王宮前広場への侵入を許してしまいました……ッ!」
気が付けば、もう目と鼻の先へと災厄が近づいてきていた。
「ま、魔導兵部隊ぢゃっ! あれをすべて投入せよ……っ!」
縋るように命じたのは、帝国が誇る魔導兵部隊の出動だ。
魔導兵というのは、兵士が乗り込んで操縦できるよう開発された人型の兵器で、魔導砲と並ぶ帝国の秘密兵器である。
その強さは一機でドラゴンを倒せるほど。
まだ試作段階で数は少ないが、将来的には大量生産するつもりだった。
「も、もちろん、すでにそのつもりで準備しておりますっ!」
と、そこへ新たな伝令が駆け込んできた。
「ま、魔導兵部隊っ……全滅……っ! さらにっ……け、結界が破られ……っ! じょ、城内への侵入を許しましたぁぁぁっ!」
絶望的な報告を耳にした女帝はふらふらと後退り、倒れ込むように玉座へと座り込んだ。
「う、嘘、ぢゃ……わらわの帝国が……たった一匹のアンデッドに……」
唇を震わせ、譫言のように呟く女帝。
だが不意にハッとして、
「に、逃げねば……早く、ここから……そうぢゃ……帝国は、わらわあってこそ……わらわさえ、いれば……幾らでも立て直しが……」
ズゴオオオオオオンッ!!
「~~~~っ!?」
突然、玉座の間の地面が轟音とともに破裂した。
噴水のごとく四散した建材とともに、白い髪と赤い目の青年が飛び出してくる。
「ひぃっ……」
その特徴は伝え聞いていた通り。
大災厄級のアンデッドが、ついに目の前に現れたのだ。
「の、の、の、ノーライフキングぅぅぅぅぅ~~~~~~っ!?」
女帝の悲鳴が響き渡った。





