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第59話 発射された

「クランゼール帝国の帝都……ここは間違いなく世界で最も堅固な都市の一つ……くくく、ここなら絶対安全に違いない……」


 そうブツブツと呟きながら、宿の食堂で食事を取る赤い髪の女がいた。


「……ねぇ、あんた、あの客、本当に大丈夫なのかい? ずっとあんな様子だけど……」


 何日も前からずっと宿に泊まっているその怪しい客に、宿の女将が不安そうな顔をしている。


「金はちゃんと払ってもらってるんだ。しかも前払いで。追い出すわけにもいかないだろう」


 そう返すのは店主である旦那だ。


「それはそうだけど……」

「ははっ、お前は心配性すぎるんだよ」

「あんたは楽観的すぎるんだって。それとも……もしかして肩を持つのは、彼女が美人だからじゃないだろうね?」

「そ、そんなわけないだろう?」

「どうかしらね……」

「そんなことより、客から聞いたんだが――」


 旗色が悪いと見たのか、店主がワザとらしく話題を変えた。

 眉を顰める女将だったが、しかしすぐに旦那の話に聞き入ることとなる。


「今日これから、ついに魔導砲が実戦投入されるらしい」

「魔導砲って言ったら、城門に作ってたあの馬鹿でかいやつかい? 実戦ってことは……どこかの国とまた戦争をおっぱじめるってことだろう? 連戦連勝中の帝国軍とはいえ、決して負傷者ゼロとはいかない……あの子は大丈夫かねぇ……」


 実は二人の息子の一人は、帝国軍に所属している軍人なのだ。

 国のために戦う息子は二人にとって誇りだが、やはり我が子のことは心配だった。


「それがな、あの魔導砲、なんとここから敵国まで届いちまうらしいんだ。しかもあれ一発で都市を破壊させられるとか。これからはもう、軍隊がわざわざ敵国まで行って命懸けで戦う必要がない時代になるんだってよ」

「それは本当かい?」

「ああ。それにだ。今回、帝国が相手するのは国じゃないそうだ」

「国じゃない……? あんた、それは一体どういうことだい?」


 首を傾げる妻に、旦那は言った。



「相手は大災厄級の魔物だ。ノーライフキングと言って、何でもロマーナの英雄王すら倒せなかった最強のアンデッドらしい」



 さらに旦那は知人から聞いた情報を妻に伝える。


「そんな化け物が今、この帝都に向かってきているそうだ」

「そ、それは……大丈夫なのかい……?」

「なぁに、そのための魔導砲の実戦投入さ。遠く離れた都市を壊滅させられるほどのものだぜ? どんな魔物だろうが、間違いなく瞬殺だろう」


 がたんっ!


 そのとき何かが倒れる音が響いて、店主夫婦は咄嗟に振り返った。


「の、の、ノーライフ、キング……だと……?」


 赤い髪の客が立ち上がり、わなわなと全身を震わせている。

 今のはどうやら彼女が椅子を倒してしまった音らしい。


「お、お客さん……?」

「どうかしましたか……?」


 恐る恐る声をかける夫婦。

 だが彼女は二人の声など聞こえていないらしく、ふらふらと覚束ない足取りで食堂を出ていってしまった。






「あいつが……ここに……? 何故だ……?」


 宿を出た彼女はよろよろと街中を歩いていた。


 がんっ。


 すれ違った男と肩がぶつかってしまう。

 しかし彼女はそれに気づかず、よろめきながらも歩き続けた。


「おい、てめぇ、人にぶつかっておいて謝罪もなしかよ?」


 運の悪いことに男が追いかけてきた。

 だが彼女は振り返ることもない。


「聞いてんのか、こらっ!?」


 それに苛立った男が声を荒らげ、彼女の肩を掴む。

 次の瞬間、彼女がようやく振り返った。


「……うるさい。殺すぞ?」

「ひぃっ!?」


 ぶつけられた殺気。

 それだけで男はその場にへたり込み、立ち上がれなくなってしまう。


「な、な、な……」


 男は一瞬で悟った。

 この女に喧嘩を売っては絶対にいけない、と。


 その直感は正しかった。

 彼女の名はエスティナ、白金級の凄腕冒険者なのだ。


 ノーライフキングの恐怖から逃れるため、ロマーナを出た彼女はここクランゼール帝国にまでやってきたのである。


「まさか、あ、あたしを追いかけてきたっていうのかい……? ここ帝国まで……?」


 ……実際にはただの偶然なのだが、偶然に偶然が重なってしまった結果、彼女にはそうとしか思えなかった。


「だ、だけど……この帝都なら……あ、安全なはずだよねぇ……?」


 冒険者ギルドがなく、当然、依頼を受けて金を稼ぐこともできないこの国をあえて選んだのは、世界一と称されるこの国の軍事力を期待してのことだった。


「っ!? 何だい、この凄まじい魔力はっ……? あ、あれかい……?」


 彼女が視線を向けたのは、巨大な城壁に埋め込まれた砲だ。


「そ、そうか……あれが、さっき言っていた魔導砲……なんて魔力なんだい……」


 エスティナは戦慄を覚える。

 白金級という、人間としては最強の部類に入り得る彼女ですら、あの魔導砲を前にしては何もできないだろう。


 もはや個人の力ではどうしようもない時代が来ているのだと、彼女は痛感した。


「あの兵器なら、さすがのノーライフキングも……」


 シュルルルルルッ!


 長さ百メートルを超える鞭を巧みに操り、彼女は近くの城壁の上へと登った。

 そこから魔導砲の方角へと目を向ける。


 すると城壁の遥か彼方に、豆粒ほどの人影が見えた。

 常人離れした彼女の視力は、はっきりとその正体を捉える。


「や、奴だ……っ!」


 あの特徴的な真っ白い髪は間違いない。


「っ! 魔導砲が、放たれる……っ!?」


 その予兆を感じ取って、エスティナは思わず身構える。

 直後、超圧縮された魔力の光線が、帝都に迫るノーライフキング目がけて放たれていた。



     ◇ ◇ ◇



 遠くに恐ろしく巨大な城壁が見えてきて、俺は足を止めた。


「あれが帝都か?」

「そ、そうだ……」


 ぐったりしながら答えるのは、黒い装束に身を包んだ謎の男だ。

 俺が脇に抱えてここまで走ってきたせいだろうが、自業自得なので仕方ない。


「本当にこれで最後なんだな?」

「あ、ああ……」

「そう言って、今まで何度もあちこち移動させられたんだが?」

「ひっ……そ、それは……すまなかった……我らの、手違いで……」


 がくがく震えながら男は答える。


 連れ去られた聖騎士少女を追ってここ帝国に入ってからというもの、俺は各地の都市を転々とさせられていた。

 言われた都市に辿り着くたびに、新たな黒装束が現れて、また別の都市の名を告げてきたからだ。


 こいつらが何者なのか、そして一体何が目的だったのか、どちらもさっぱり分からないが、お陰でかなり苛々させられている。


「か、彼女は、間違いなく……帝都に、いる……」

「帝都のどこだ?」

「そ、そこまでは……」

「本当に知らないんだな? 嘘を吐いていたら承知しないぞ?」

「ひぃぃぃっ! ば、場所までは分からないっ! だが、命じたのは女帝陛下だ……っ!」

「女帝……?」


 聖騎士少女を帝国の女帝が攫った……?

 一体何のために?

 いや、今の時代のことに疎い俺が考えたところで分かるはずがない。


 ともかくその女帝のところに行けばよさそうだ。

 怯え切っている男を再び抱えると、俺は帝都に向かって走り出す。


「ん? 何だ?」


 城門に向かって駆けていた俺はそれに気づいた。


「魔力……?」


 城壁から凄まじい魔力を感じたのだ。

 何だろうと思って注目していると、信じられないことに城壁が動き始めた。


 巨大城壁の一部が左右に割れ始めたのである。

 そして現れたのは、これまた恐ろしく巨大な〝何か〟だった。


 正面からでは分かりにくいが、どうやら棒のような形状をしているそれがゆっくりとこちらに向かって伸びてくる。

 よく見ると先端に円形の穴が開いており、棒というより筒に近いかもしれない。


 距離にしてまだ十キロはあるだろう。

 にもかかわらず、俺のいるところまで伝わってくるほどの膨大な魔力は、どうやらそれから漏れ出しているらしかった。


 次の瞬間だった。


 極限まで圧縮された、純粋で暴力的な破壊力を有した魔力が、その穴から光線のごとく放たれたのだ。

 しかもその先にいるのは、まさに俺だ。


 これだけの魔力を浴びればさすがに死ねるのでは?

 と思ったが、そこで脇に見ず知らずの男を一人、抱えていることを思い出す。


 俺はともかく、このままではこいつも死んでしまう。

 さすがに巻き添えにしてしまっては可哀想だ。


 それに聖騎士少女を助けなければならない。

 今ここで死ぬわけにはいかなかった。


 あの魔力の渦を破壊したときのように、俺は右の拳に全身の魔力を集束させた。

 いや、あのときを遥かに凌駕する魔力だ。


 そして、猛スピードで迫りくる魔力の光へ、その拳を思い切りぶつけてやる。


 パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!


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ただの屍2巻
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― 新着の感想 ―
[一言] 敵国の犠牲になった人たちを全部アンデッドに変えて国中の生者取り込みつつ全部アンデッドに変える地獄絵図を現世に生み出すとか、ダークヒーローアンデッドものだと盛り上がるんだけど主人公の性格的にや…
[一言] やめて!帝国の秘密兵器まで効かなかったら 帝国を拠り所にしたエスティナの精神まで燃え尽きちゃう お願い死んで主人公! あんたがここで倒れなかったら この物語はどうなっちゃうの? 十分面白かっ…
[良い点] 俺はともかく、と感じてしまう辺り感覚的に大したことないと思ってるんだろうなぁ
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