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第58話 最新の魔導兵器ぢゃよ

「メルビン魔導師よ、準備はできておるか?」

「これはこれは、宰相閣下。ええ、もちろん万端でございますとも」


 老齢の左宰相の問いに、その男は自信満々に答えた。


 四十代半ばほどの、背は高いがやせ細った男だ。

 髪と髭は伸ばし放題で、身に付けている相当な値打ちもののはずのローブは、年季が入り過ぎてもはやボロ雑巾のようになってしまっている。


「わたくしが開発したこの魔導砲にかかれば、国だろうとドラゴンだろうと、どんなものでも消す炭ですとも。ひょっひょっひょっ」


 奇妙な笑い声を上げる痩身の魔導師は、魔導大国として知られる帝国を牽引するほどの天才だった。

 他国にはまだない先進的な魔道具の大半は、彼が作り出したものなのである。


 分厚い城壁に埋め込まれる形で設置された〝魔導砲〟も、その一つだった。


「従来の大砲は、魔力を爆発させることで、鉄の球を飛ばすというものでございました。しかし、この魔導砲はそんな玩具とは根本から違うのであります。これは魔力そのものを超圧縮し、超高速で撃ち放つ。射程距離は国境を軽々と超え、そのまま他国の王都を狙えるほど……我ながらなんと恐ろしい兵器を生み出してしまったのでしょう! ひょっひょっひょっ!」


 戦争の概念を変えかねない、凄まじい兵器だ。

 だがこれには膨大な魔力の供給が必要だった。


 それを解決したのが――魔導砲の真下。

 そこに集められていたのは、帝国が侵略戦争によって連行した異国人たちだった。


 戦争捕虜である。

 中でも彼らは帝国に強く抵抗した国々の元兵士たちであり、それゆえ最も厳しい扱いを受けていた。


 拘束され、動けなくなった彼らの口に無理やり入れられているのは、ホースのようなもの。

 そのホースは魔導砲へと繋がっていた。


「「「「~~~~っ! ……っ!」」」


 口を塞がれているため、声は出ない。

 しかし彼らの顔は例外なく苦痛に歪み、そして怒りと恨みの籠った目で痩身の魔導師を睨みつけていた。


 実はホースを通じて、強制的に彼らの魔力が吸い取られ、そして魔導砲へと供給されているのである。


「ひょっひょっひょっ! 我が帝国に逆らった愚か者たちの魔力を、我が帝国のために使ってあげているのですよ! むしろ感謝してほしいですねぇっ!」


 捕虜たちを見下ろし、痩身の魔導師は嗤う。

 そんな意気揚々な彼とは対照的に、顔に不安を隠し切れていないのは高齢の宰相だ。


「……し、しかし、メルビン魔導師。本当に、その……これで奴を殺せると考えてよいのだな?」

「おやおや、宰相閣下はこのわたくしの兵器の力を信じておられないご様子で?」

「い、いや、信じてないわけではない。ただ、噂では大災厄級に相当する魔物だと聞いておるのでな……」

「ひょっひょっひょっ、ならば、なおさら! この魔導砲の威力を全世界に知らしめる、絶好の機会でございましょう!」



     ◇ ◇ ◇



「こ、ここは……?」


 目を覚ました私は見慣れぬ部屋にいた。

 ほとんど何も置かれていない殺風景な一室ではあるが、壁や天井は明らかに上等な造りをしており、どこかの貴族の邸宅と言われても納得いくほどだ。


 確か私は、スラム街にいたはず。

 なのになぜ、こんなところにいるのか。


 それに身体がやけに重い。

 まるで鉛の海に沈んでいるかのようだ。


 身体を動かそうとして、ハッとした。

 私は手足を拘束された状態で、椅子に座らされていたのだ。


「……っ! わ、私は、一体……?」

「目が覚めたかえ?」

「っ!」


 不意に聞こえてきた声に視線を向けると、そこにいたのは絢爛なドレスに身を包んだ女性だった。


 どこか作り物めいた整った顔立ちに、化粧が色濃く施されている。

 若作りしているが、年齢は少なくとも四十は超えているだろう。


 それよりこの女、色白で華奢な身体つきだというのに、なんという存在感だ……?

 姉さんに匹敵……いや、それをも凌駕するほど。


 気が付けば頭から冷や汗が噴き出していた。

 もしこの女と戦うことになっても、まず勝てないだろうと、私は直感する。


 一体、何者なんだ……?


「そなたが聖騎士リミュルぢゃな? こんな形とはいえ、わらわの姿を見ることができたのぢゃ。光栄に思うがよいぞ」


 そんな尊大なことを言いながら、女は白い顔に微笑を浮かべる。

 それは柔和さとはかけ離れた、あらゆる存在を見下ろし、蔑むような笑みだった。


「こ、ここはどこだっ? 私に何をするつもりだ……っ?」


 どうにか絞り出すように、私は女に問う。


「ほほう、小娘が、わらわの前で随分と偉そうな口を利くではないか? ぢゃが、今のわらわは気分がよい。そなたの質問に答えてやろうぞ」


 人をこんな状態にしておいて、何から何まで不遜な女だ。

 だが状況を把握するため、私は大人しく女の言葉を待った。


「ここは帝都の中心にあるわらわの城ぢゃ。そなた自体には何の用事もないが、奴を誘き寄せるためにここに来てもらったのぢゃ」


 帝都?

 ま、まさか……クランゼール帝国かっ!?


 となると、この女は――


「女帝、デオドラ=クランゼール……」


 聖メルト教の教皇やロマーナ王国の英雄王ですら、その姿を見たことはないという。

 まさしく正体不明の女帝が、今、私の目の前に……。


 現実感のないこの状況に、私はしばし言葉を失う。

 まだ夢を見ていると思った方が、よっぽど現実的だろう。


 それにしても、帝国を支配する絶対君主が、なぜ私を……いや、奴を誘き寄せるためだと?

 心当たりがあるのはあいつしかいない。


「ノーライフキングを、誘き寄せる……?」

「左様ぢゃ。各国が恐れ、かの英雄王すら手も足も出なかったというノーライフキング。大災厄級とも目されるアンデッドの討伐を成し遂げる。これから世界を制覇しようというわらわの国にとって、その威信を示すこれ以上ない機会ぢゃろう」


 帝国が目を付けていたなんて……。

 一体いつの間に?


 ……帝国には最強の諜報組織があると聞いたことがある。

 その諜報活動の範囲は広く、それゆえ他国との交流などほとんどないにも関わらず、世界各国の情報をかなり詳細に把握しているという。


 そう言えば先ほど、私のことを〝聖騎士リミュル〟と呼んだ。

 聖騎士の装備を着替え、正体を隠していたはずなのに……しかも名前まで。

 噂は本当なのかもしれない。


 どうやら私は眠らされ、その間にここまで連れて来られてしまったらしい。


 あの王国の都市から帝国の帝都となると、かなりの距離があったはずだ。

 なのに、目を覚ますまでまったく気づかなかったなんて……信じがたい手際に、私は戦慄を覚える。


「陛下。報告が」


 いつの間にか、女帝の背後に黒い人影が跪いていた。


 私は直感する。

 これが噂の諜報組織か、と。


「ターゲットが帝都に猛烈な速度で接近しつつあります」

「魔導砲の準備はどうぢゃ?」

「すでに魔力の装填は九割が終了しているそうです」

「上々ぢゃ。幾らノーライフキングと言えど、あの魔導砲を喰らってはひとたまりもあるまい」


 魔導砲?

 聞き慣れない言葉だ。


「一万人以上の魔力を充填し、撃ち放つ最新の魔導兵器ぢゃよ」

「な……」


 一万人以上の魔力だと?


「そ、そんなことをしたら、魔力が暴走して凄まじい被害をもたらすのではないか……?」

「帝国の魔導技術を舐めてもらっては困るのう? 当然そうならぬようにしたのが、帝国の魔導砲なのぢゃ」


 帝国の魔導技術が他国とは比較にもならないほど発展しているとは聞いていたが、まさかこれほどとは……。


「試算によれば、一つの都市を破壊できる有効射程距離は二千キロメートル。ロマーナの王都にも届いてしまうのう」

「っ……」


 それではもはや、軍隊など不要ではないか……。

 これまでの戦争の在り方を根本から変えてしまいかねない。


 これが帝国か……。

 女帝が先ほど口にした世界制覇も、この超大国にかかれば夢物語ではないのかもしれない。


 だが――


「……本当にそれで、ノーライフキングを倒せると?」

「なんぢゃと?」

「私は断言できる。幾ら帝国であろうと、奴を倒すことは不可能だ」


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ただの屍2巻
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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず物理理論で動いてなさそうだし、幽体とか精神体に干渉できる技術がないといくら威力増しても無駄だろ
[一言] ああうん。帝国はクズだった。これはつまり…終わったな。帝国。女帝は苦しんで眠れ。
[一言] 地球は丸いから・・・・ いや、地面に向けて撃てばいいのか
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