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第20話 屋敷ごと燃やしてしまった

 色んな意味で恐ろしい巨漢アンデッド。

 これ以上、相手をしていたら精神の方が限界に到達してしまいそうだ。


「ファイアボール」


 俺は魔法を放つ。

 たとえ高い再生能力を持っていたとしても、あの長髪と同様、これなら倒せるはずだ。


 って、倒しちゃダメだった!

 ジャン何とかっていう奴の居場所を聞き出さないと!


「ぐぬぅっ!」


 幸い回避してくれたようだ。

 炎塊は後方の壁に激突し、辺りに火の粉を巻き散らした。


 結果、あちこちに引火してしまう。

 やべっ、こんな屋敷の中で使っちゃダメな魔法だった!


 燃え広がり始めた炎に戸惑う俺。

 一方で、巨漢アンデッドは目を見開いて自分の腕を見ていた。


「火傷が……治らないっ!? 嘘っ、嘘よっ!? 嘘だと言いなさい!」


 頭を抱え、随分と取り乱している。


「このアタシの美しい肌が! 毎日欠かさずお手入れしているのにぃっ!?」


 わなわなと巨体が震え、縦ロールの金髪が天を突くように浮かび上がっていく。


「アタシの綺麗なお肌を返せぇぇぇっ! ――〝愛愛光線ラブラブビーム〟ッ!」


 直後、巨漢の拳から桃色の鋭い閃光が俺目がけて放たれ、その直撃を喰らってしまった。


 だが衝撃に少し吹っ飛ばされただけで、相変わらず痛みもなければ負傷もなし。


「あ、アタシの必殺技が……まったく効かないなんて……っ!?」

「ええと、怒ってるところ悪いんだが、一つ聞きていいか。そのジャンって奴は今どこにいるんだ?」


 動揺しているその隙を突いて、俺は問う。

 相手がアンデッドだからか、それとも気を使う必要ゼロの相手だからか、言葉に詰まることはなかった。


「っ……ジャン様を追っている……っ!? まさか、アナタは聖騎士の……っ? なぜアンデッドが奴らの味方に……っ?」


 聖騎士?

 何のことだ?


「ソウをヤったのもアナタね!?」

「ソウ? それって、あの長髪のか?」

「やっぱり……っ!」


 巨漢アンデッドは顔を引き攣らせた。


「じゃあ、あの炎をまともに浴びたら、アタシも同じように…………そ、そんなのは絶対に嫌よっ! アタシは永遠にこの美を保ち続けたいんだからっ!」

「あ、待て! まだ話は終わってないぞ! ジャンって奴の居場所を教えてくれ!」


 急に踵を返して逃げ出したので、俺はすぐに後を追った。

 あの体格ながら結構な速さだが、しかし今の俺なら簡単に追いつけるだろう。


 部屋を飛び出し、長い廊下を疾走する。

 こちらの足音が聞こえたのか、巨漢がチラリと後ろを振り返った。


「ひぃっ!?」


 いや、何で俺の顔を見て怯えてるんだよ……。

 お前の方がよっぽど怖いんだが……。


 複雑な気持ちになりつつ追いかけていると、やがて逃げ切れないと観念したのか、庭の真ん中で地面に頭をつけて必死に懇願してきた。


「あ、アタシっ……アナタの女になるわっ! この身体だって好きにしていいから! だからお願いっ! 許してぇぇぇっ!」


 ……これっぽっちも欲しくない対価だった。


「そんなことより、ジャンって奴の居場所は?」

「そ、それが、アタシも知らないの!」

「本当か?」

「本当よっ! 信じてっ!」


 知らないのか……それなら仕方がない。

 俺は魔力を集中させながら右手を巨漢アンデッドへと向けた。


「ひぃぃぃっ!? お、お願いよぉっ! 命だけはっ、命だけは助けてぇっ!」

「もうとっくに死んでるだろ。死んだ人間は死んだ人間らしく、大人しくあの世に逝くべきだと俺は思うぞ」


 俺だって早くそうしたいんだ。


「ファイアボール」

「いやああああああああああああっ!?」




    ◇ ◇ ◇




「っ!?」

「どうされました、ジャン様?」

「ブローディアが……ブローディアがやられたよ……」

「な……っ?」


 ジャンの告げた言葉に、側近のアンデッドたちが息を呑んだ。


 ブローディアもまた九死将。

 ジャンが生み出した傑作の一体だった。


 しかもソウと違い、九死将の中でもトップクラスの戦闘力を有していた。

 すぐ傍に置いていないのはその性格が少々アレだったためで、それがなければジャンの守護という最も重大な役目を任せられていてもおかしくなかっただろう。


「ああっ、ブローディアっ! 僕の愛しいブローディアっ! なぜ僕は君までをも失わなくちゃいけないんだっ! 君のいないこの世界を、これから僕は一体どうやって生きていけばいいんだい!?」


 ジャンは天を仰いで悲しみの咆哮を上げる。

 そして、




「ま、でも仕方ないよね、消滅しちゃったものは」




 一瞬で普段の調子を取り戻した。

 それどころか、吐き捨てるように言う。


「そもそもあいつ、死ぬほど気持ち悪かったよねー。何なの、乙女って? 何なの、美って? 君みたいな醜いゴリラが美しさの追求だとか何だとかって、ちゃんちゃら可笑しいんだけどさ? 時々、僕に変なアピールしてきてたけど、マジで吐いちゃうかと思ったよ。うん、やっぱりいなくなってむしろ清々したよねー」


 先ほどまでの悲痛な表情はどこに行ったのか、ジャンは、アハハハ、と楽しげに笑った。


「さて、それはそれとして、だ。ソウに続いてブローディアまでもやられるなんて、いよいよ僕も黙ってはいられなくなってきちゃったね」


 それでも九死将のうち二人も倒されてしまったことは、さすがの彼にも業腹なことだったらしい。

 口の端を歪めると、ここにはいない彼らへ宣言する。


「聖騎士ちゃんたち、首を奇麗に洗って待っていてよ。今から僕の方から君たちのところに赴いてあげるからね。そしてとっても素敵なアンデッドにしてあげるんだ♪」


 ……彼はまだ真実を知らない。




    ◇ ◇ ◇




 ジャン=ディアゴ討伐の任務を与えられた我々特別聖騎隊は、現在、ロマーナ王国内のサルドールという都市に来ている。

 目指すコスタールまでは、まず汽車に乗ってダーリという街へ行く。

 そこからは汽車がないため、街道を馬で移動する予定だった。


「む? 何だ?」


 サルドールの宿で明日に備えて休息を取ろうとしてとき、遠くからカンカンという鐘の音が聞こえてきた。

 副隊長のポルミが窓の外を確認する。


「リミュル隊長、どうやら火事のようです」


 すでに日が沈んでいるというのに窓の向こうは少し明るい。

 赤々とした炎を、ここからでも見ることができた。


「火事か……しかもかなりの燃え方だ。今日は風も強い。下手をするともっと被害が広がるぞ」


 私はソファから立ち上がり、すでに着替えていた寝間着を脱ぎ出す。


「……どうされるおつもりですか?」

「私は水魔法を使えるからな。少しは役に立てるだろう」

「ですが、我々の任務は消火活動ではありません」

「だが放ってはおけまい。なに、行くのは私だけで構わない。隊員たちは休ませておけ」


 私は後のことはポルミに任せ、宿を飛び出した。

 しばらく走ると、すぐに現場が見えてくる。


「どいてくれ」


 集まっていた野次馬を押し退け、私は燃え盛る屋敷へと辿り着いた。


「……かなり大きな屋敷だな。庭も広い。これなら周囲への延焼は免れそうだ」


 幸運なことに、屋敷内にいたと思われる人々はすでに脱出しているようだった。

 庭の端に集まり、駆けつけた街の衛兵たちの手で治療を受けている。


 しかし奇妙だな?

 なぜ若い男ばかり、それも見た目の優れた者たちばかりなのだ?


「私も治癒魔法を使える。手伝おう」

「そうか、それは助かる。まぁ幸い大した怪我をしている奴はいないがな」


 私は被害者の一人に治療を施しながら、話を聞くことにした。


「君たちはこの屋敷の使用人か?」

「いや、違う。俺たちは捕らわれていたんだ」

「捕らわれていた……?」

「ああ、恐ろしいアンデッドに……」


 彼は真っ青な顔をして、ぶるぶると唇を震わせる。


「……アンデッドだと? 詳しく聞かせてくれないか?」


 そうして彼が語ってくれたのは、自らを乙女と称する筋骨隆々のアンデッドによって、長きに渡ってこの屋敷に大勢の青年たちが軟禁されていたという衝撃の事実だった。


 間違いない。

 そのアンデッドの名は、ブローディア。

 ジョンが率いる眷属の一体だ。


「逃げようとしても、身体がロクに動かなかったんだ……。そして俺たちは、何度も何度も奴の餌食に……うあああああああっ!」

「お、落ち着いてくれ。大丈夫だ。今ここにそいつはいない」


 恐怖の記憶が蘇ってきたのか、急に取り乱し出した彼をどうにか落ち着かせてから、


「しかし、なぜ屋敷が燃えているんだ? 一体何が起こった?」

「た、助けてくれたんだ。あいつとは違う、別のアンデッドが……」

「別のアンデッドだと?」

「そうだ……白髪で、目が赤い……」


 白髪赤目のアンデッド!

 まさか、コスタールで目撃されたアンデッドなのか?


 だとすると、やはりジョンとは無関係。

 それどころか、対立関係にあるのかもしれない。


「彼が来てくれて、あの化け物を倒してくれなかったら、俺たちは一生、あのままだった……っ! それに彼は燃え盛る屋敷から、俺たちの脱出を手助けしてくれたんだ……っ!」

「脱出を手助けした……?」


 俄かには信じがたい話に、私は耳を疑ってしまった。

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ただの屍2巻
ファンタジア文庫さんより3月19日発売!(↑の画像をクリックで公式ページに飛びます)
― 新着の感想 ―
[良い点] お、美青年の友達たくさんできそうじゃないか?
[良い点] 「あ、アタシっ……アナタの女になるわっ! この身体だって好きにしていいから! だからお願いっ! 許してぇぇぇっ!」 これは大爆笑!! おい主人公!もらってやれよ!!
[一言] お!やっと偏見なく主人公を評価してくれる人が!
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