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第103話 獣王だった

 街で暴れていた熊の獣人や魔物を倒した俺は、後のことは聖騎士たちに任せ、ひとまず港町を見下ろせる高台の方へと退避していた。

 色々と話を聞かれたりしたら面倒だしな。


「それにしても船が近づいて来なくなったな……?」


 沖の方に見える船団。

 先ほどから一向にこちらに接近してくる様子がない。


「何かが船の周りと飛んでるような……?」


 目を凝らしてみると、船の周囲を飛び回る鳥のような影が微かに見える。

 しかも二つ。


 だがアンデッドとなって強化された俺の視力をもってしても、それが何か判別することはできなかった。


 なんとなく船と戦ってる感じもするが……。


 いや、船並みの大きさの鳥なんてそうそういないか。

 恐らく鳥だとしても、もっと近いところを飛んでいるだけだろう。


「ここにいたのか」


 と、そこへやってきたのは聖騎士少女だ。


「一時はほとんど街を占領されてしまっていたようだな。貴様のお陰で助かったぞ」

「……よくここが分かったな」

「貴様のことだ、どうせ人気のないところにいるだろうと思ったのだ。予想通りだったな」


 勝手に人の思考を読まないでほしい。


「これですぐに準備できる中では最大の戦力で、本体を迎え撃つことができそうだ。……もっとも、推測される敵戦力を考慮すれば、厳しいものになると言わざるを得ないが」


 聖騎士少女によれば、地の利は悪くないという。

 この国の海岸は岩場が多く、しっかりと整備された港でなければ、船での上陸は難しいのだとか。


「大砲を使い、どれだけ敵の船を破壊できるかが勝負の鍵を握るだろう。かつてのような木造船であればよいのだが、装甲船となれば容易ではない」

「うむ、また貴公の力を頼ることになるかもしれぬな」

「猊下っ?」


 今度は教皇が姿を見せた。


「なぜここに……?」


 聖騎士少女が驚いている。

 国のトップが最前線にやってくるなんて、なかなか無いことなのだろう。


「どのみちこの港が落とされれば、首都も危ない。ならば自ら直接、戦場で指揮を執った方がいいだろうと思ったのだ」

「し、しかし……」

「それにこちらには頼もしい助っ人がいる」


 あんまり頼りにされても困るんだが?


「すでに大活躍だったようだな。貴公の噂で持ちきりであった。……その特徴的な髪と目から、ノーライフキングではないのかと訝る者もいたが、さすがにアンデッドが街を救ってくれるはずがないと思ったのか、おおむね好意的な噂ではあったぞ」


 聖騎士団の中でも、俺がこの国に来ていることを知っているのはごく僅か。

 ましてや一般の人たちは知る由もない。


 そうした状況もあって、どうやら恐怖されるようなことにはなっていないようだった。


 とはいえ目立つのが苦手な俺は、本軍が港に入ってくるまではこの高台に身を潜めているつもりだ。


「いや、こんなところで待たせるわけにもいくまい。屋敷を借りて本陣にしている。その部屋の一つを貴公の待機室にしよう。無論、そこには誰も入らせぬ」


 しかしそう言われて無下に断るわけにもいかず、俺は教皇とともに街へと降りていった。


 本陣として利用されていたのは、港のすぐ目の前にある大きな屋敷だった。

 そこの庭に、手足に分厚い拘束具を付けられ、地面に転がされている熊の獣人がいた。


 俺が倒したあのボス熊だ。

 獣化の際に鎧や衣服が破けたのか、腰に布を巻かれている以外は裸になっている。


「猊下、先ほどから厳しく尋問しているのですが、無言を貫いております」

「他の獣人はどうだ?」

「はい。そちらは別の場所に捕えておりまして、色々と情報は得られたようですが、有益なものはあまりなかったとのことです。末端には詳しい戦略が伝えられていないのか、そもそも戦略などないのかは分かりかねますが……」


 獣人の軍隊というのは、基本的にあまり細かい戦略の元で動かないと聞いたことがある。

 今回も「まずは聖教国を落とす」くらいのざっくりした目標を共有しているだけなのだろう。


 先遣隊も、本来は敵戦力や地形などの情報収集が目的だが、そんな感じじゃなかったしな。


「ひっ……こ、この匂いはっ……あの白髪のっ……」


 そのボス熊が急に怯え始めた。

 フードを被って顔を隠していたが、どうやら嗅覚で俺がやってきたのが分かったらしい。


 聖騎士たちが何事だと訝しむ中、ボス熊は震える声で咆えた。


「お、オレを倒したからって、いい気になるんじゃないぞ……っ! 獣王様はこのオレとは比較にもならない強さを持つお方だっ! たとえ貴様だろうと、獣王様には勝て――」


 そのときだった。

 ボス熊に注目していた皆の視線が、ほとんど同時に空へと向けられたのは。


「「「な、な、な……」」」


 悲鳴すらでない。

 それくらい、突如として現れた存在が持つ威圧感が、圧倒的なものだった。


「……雷竜帝……それに、闇竜帝、だと……?」


 辛うじて声を発することができたのは教皇だけだ。


 いつの間にか港町の上空に出現していたのは、あの二体のドラゴンだった。


 やばい……また見つかってしまった……。


『この辺りで主の魔力を感じたはずなのじゃが』

『ん。間違いない』


 そうか、さっきボス熊と戦うときに魔力を解放したからか……。


 ただ、他の人たちに紛れているため、まだはっきりとは特定できていない様子だ。

 今のうちに逃げることができれば……。


 しかしそれにしても気になるのは、雷竜帝が後ろ脚でがっしり掴んでいる巨大な魔物だ。

 美しい白銀の毛並みを持つ虎だが……うっ、なんか、めちゃくちゃ嫌な予感が……。


 ボス熊が絶叫した。


「獣王様あああああああああああああああっ!?」


 あれが獣王かよっ!


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― 新着の感想 ―
[一言] じゅ、獣王様ー!w
[一言] 哀れ獣王...
[良い点] 更新に感謝。 [一言] …またいらん時に…。 間が悪い。
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