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あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。  作者: 虫松
あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。

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第八話 千分の一の夢

体が、言うことをきかなくなった。


朝、起き上がるのに時間がかかる。

膝が鳴り、

腰が重い。


無理をしている自覚は、

ずっとあった。

それでも止まらなかった。


だが、


数字が止まった。


いくら働いても、

貯金の増え方が鈍くなる。

税金、保険、生活費。


削れるところは、

もう削った。


それ以上は、体を削るしかない。

ある夜、

計算をしていて、手が止まった。


紅いランボルギーニ・カウンタック。

その値段。


現実の数字として、

並べ直す。


年齢。

収入。

体力。


どうやっても、

届かない。


努力が足りないのではない。

方法が間違っているのでもない。


最初から、

無理だった。


その事実が、

静かに、しかし確実に胸に落ちた。


俺は、パソコンを閉じた。


怒りも、

悲しみも、

なかった。


ただ、

空だった。


次の日、

仕事の帰りに、

模型屋に入った。


理由は、特にない。


子どもの頃、

一度だけ来たことのある店。

棚に並ぶ箱。


そこで、

見つけた。


紅いランボルギーニ・カウンタック。


縮尺、

1/1000。


値段は、

現実的だった。


一瞬、

笑いそうになる。


俺は、これを目指していたのか。


でも、

手は動いていた。


衝動だった。


レジで金を払うとき、

胸が軽かった。


家に帰り、

箱を開ける。


小さなパーツ。

説明書。


夜、

机に向かい、

黙々と組み立てる。


不思議なことに、

心が静まった。


一つ一つ、

形になる。


触れられる夢。

壊れても、

また直せる夢。


完成したそれは、

確かに、

紅かった。


小さい。

安い。

本物じゃない。


それでも、

キラキラしていた。


俺は、

それを机の上に置いた。


見つめる。


胸の奥に、

じんわりと何かが満ちてくる。


達成感。


いや、

納得感。


夢を手放したわけじゃない。

夢を、

俺の器に合わせただけだ。


千分の一。


それは、

敗北じゃない。


生き残りだ。


俺は、

紅いカウンタックのプラモデルを前に、

静かに息をついた。


まだ、

生きられる。


そう思えた。

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