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あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。  作者: 虫松
あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。

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第七話 消えないあの女

あの女から、

久しぶりに連絡が来た。


通知音が鳴った瞬間、胸が少しだけ跳ねた。


それが、

自分でも意外だった。


画面に表示された名前は、

今も変わらない。

短くて、

どこか冷たい名前。


「元気?」


それだけだった。


俺は、

少し考えてから返した。


「まあ」


昔なら、

すぐに返していた。

言葉を選び、機嫌を損ねないように。


今は、

間が空いても平気だった。


数日後、

会うことになった。


場所は、

前と同じカフェ。

彼女は遅れて来て、

悪びれもせずに座る。


相変わらずだった。


服装も、

化粧も、

視線も。


俺を一度、

値踏みするように見てから、

興味を失う。


「で、まだ?」


何が、とは言わない。


俺は、

分かっている。


紅いランボルギーニ・カウンタック。


彼女の声は、

以前と同じ温度だった。


軽蔑。

期待していない口調。


「あなた、ほんと真面目だよね」


「そんな働き方して、楽しい?」


俺は答えなかった。


楽しいかどうか、

もう分からない。


ただ、働いている。


理由は、

少しずつ変わっていた。


彼女は、

俺の話を聞かない。


俺がどんな仕事をして、

どんな女たちと出会い、

どんな夜を過ごしているか。


興味がない。


必要なのは、結果だけ。


持っているか、

持っていないか。


それだけ。


そのことに、

俺は違和感を覚え始めていた。


以前なら、それが当たり前だと思っていた。


欲しがる女だから。

そういう人間だから。


でも今は、

彼女の言葉が、

少し空虚に聞こえる。


俺は、

彼女を見ているはずなのに、

もう必死じゃない。


あの頃のような、

胸の焼ける感覚がない。


彼女は言う。


「まあ、無理なら無理でいいけど」


軽く、どうでもよさそうに。


その瞬間、

はっきりと分かった。


俺は、この女を欲していない。


欲していたのは、

彼女に認められる自分だった。


ランボルギーニカウンタックは、そのための道具だった。


彼女は、

今も欲しがっている。


もっと高いもの。

もっと派手なもの。

もっと自分を飾るもの。


その姿が、

以前ほど眩しく見えない。


俺は、コーヒーを飲み干す。


「そろそろ行くよ」


そう言うと、

彼女は少し驚いた顔をした。


初めてかもしれない。

俺の方から席を立つのは。


「また連絡するね」


彼女はそう言ったが、

本気ではない。


俺も、

本気で返事をしなかった。


店を出て、

夜の空気を吸う。


胸の奥にあった熱が、

静かに冷えていく。


あの女は、

消えない。


記憶からも、

人生からも。


でも、中心ではなくなった。


紅いランボルギーニ・カウンタックも、

同じだ。


まだ欲しい。

だが、

それだけじゃない。


俺は、

少しずつ、

別の場所へ向かい始めていた。

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