第五話 推し活と借金
推し活に人生を捧げている女は、
いつも笑っていた。
それが、この女の一番怖いところだった。
彼女は夜の職場にいた。
明るい声で挨拶し、
疲れた様子を一切見せない。
スマホの画面には、同じ男の顔が並んでいる。
ライブ、配信、チェキ。
光るペンライト。
「今月、神席だったんだよ!」
そう言って、
彼女は目を輝かせる。
俺は、その目を見てしまう。
本気だ。
冗談でも、逃げでもない。
「いくら使ったの?」
何気なく聞いた俺に、
彼女は少しだけ黙ってから、
笑った。
「言わないほうがいいと思う」
その笑顔は、
慣れていた。
借金まみれの人間が身につける、
軽さだった。
カードは何枚もあるらしい。
支払い日は、
スマホのアラームで管理している。
「推しがいるから、頑張れるんだよ」
「この人がいなかったら、
私、もう終わってる」
それは、
信仰に近かった。
現実が辛すぎて、
別の場所に意味を作った人間の目。
俺は、何も言えなかった。
否定できなかった。
俺だって、
紅いランボルギーニ・カウンタックに
意味を預けている。
形は違っても、
同じだ。
ただ、
違う点が一つあった。
金だ。
彼女の人生は、
金を使って壊れていく。
俺の人生は、
金を集めて壊れそうになっている。
彼女は笑いながら言った。
「借金ってさ、
数字だと思えば怖くないよ」
その言葉が、
胸に刺さる。
数字。
俺は、
毎晩計算していた。
時給。
日給。
月収。
そこから、
カウンタックの値段を引き算する。
何年かかる?
何歳になる?
その間、
体はもつのか?
数字は、夢を殴る。
彼女は、
今日もグッズを買い、
明日を先送りにする。
俺は、
明日のために、
今日を削っている。
どちらが正しいかなんて、
分からない。
ただ一つ、
確かなことがある。
金には、
重さがある。
それは、
人の人生を傾ける重さだ。
紅いランボルギーニ・カウンタックの値段は、
もはや憧れじゃない。
現実だった。
背中に乗る、
重たい数字だった。
俺はその重さを、
ようやく理解し始めていた。
それでも、
まだやめない。
やめられない。
推しに人生を捧げる女を、
少しだけ見下しながら、
同時に自分を見ていることに、
気づき始めていたからだ。




