第6話 それでも後悔は消えない
未来は、確かに少しだけ変わった。
あの夜。
あの男。
あの、取り返しのつかない出会い。
それらは、起きなかった。
それなのに。
幸子の胸の奥にある重さは、
消えていなかった。
(……おかしい)
(私は、ちゃんと未来を変えたはずなのに)
若い幸子は、別の場所で、
別の人生を進んでいた。
違う友人。
違う職場。
違う男。
なのに、
彼女の顔は、幸子が知っているものと、
驚くほど似ていた。
我慢して笑う口元。
期待を下げる目。
「大丈夫」と言う癖。
同じだ。
ある日、若い幸子が、夜のアパートで一人座っているのを見た。
電気をつけず、
膝を抱え、
何もしていない。
幸子は、息を詰めた。
(……この光景)
(見覚えがある)
別の人生。
別のルート。
それでも、
辿り着く場所は、似たような孤独だった。
(結局……)
(私は、幸せになれないの?)
胸が、ひどく痛む。
未来を変えれば、
苦しみも消えると思っていた。
だが、苦しみは形を変えて、
ちゃんとそこにあった。
別の日。
若い幸子は、
ある選択をしていた。
以前なら断っていた仕事を、
引き受ける。
理由は、
「期待されているから」
「断るのが悪いから」。
幸子は、思わず目を伏せた。
(それも……)
(私だ)
恋を変えても、
仕事を変えても、
舞台を変えても。
自分を後回しにする癖だけは、
どの未来にも、ついてくる。
(選択を変えれば、人生が変わると思ってた)
(でも……)
幸子は、
ようやく気づき始めていた。
問題は、
どの道を選んだかじゃない。
選ぶ“私”そのものだ。
それでも、後悔は消えない。
「もっと、うまくやれたはず」
「違う自分なら」
その声は、どの未来にも、
つきまとってくる。
夜。
未来から来た幸子は、静かな公園で立ち止まった。
ベンチに腰を下ろし、
空を見上げる。
星は、同じように瞬いている。
「……変えても、ダメなのね」
小さく呟く声は、
風に溶けた。
だが、その絶望の中で、
ほんのわずかな変化があった。
諦めではない。
気づきだった。
(幸せになれないんじゃない)
(幸せの条件を、ずっと間違えてただけかもしれない)
まだ言葉にはならない。
でも、心のどこかで、
確かに何かが、動き始めていた。
未来は、まだ、確定していない。
ただ、幸子自身が、
変わらなければどの未来も、
同じ顔をして待っている。
それを、幸子は、
痛いほど理解し始めていた。




