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あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。  作者: 虫松
幸子は若いころはキラキラしていた。あの頃に戻って説教したい。

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第5話 未来を少しだけ変えてみる

幸子は、決めていた。


説教は、もうしない。

言葉は、届かない。


なら、手を出すしかない。


若い幸子が、あの男と出会う日。

駅前の居酒屋。

友人に誘われ、

「ちょっと面白い人がいるよ」と言われて行く夜。


その出会いが、

すべての始まりだった。


優しい顔。

夢を語る口。

責任を取らない背中。


幸子は、よく知っている。

あの男が、

どれだけ時間を奪い、

どれだけ自信を削り、

どれだけ未来を空白にするか。


(……ここだけは)

(ここだけは、変えないと)


当日。

幸子は先回りした。


男ではない。

手を加えるのは、友人の方だ。


昼過ぎ。

幸子は、友人が働く職場の近くにいた。


忙しそうに動き回る姿を、少しだけ観察する。

几帳面で、責任感が強く、

トラブルが起きると一人で抱え込むタイプ。


(この子は……)

(「申し訳ない」が口癖だった)


幸子は、店に入り、

客としてごく普通に振る舞った。


そして、

レジ横に置かれていた伝票の束を、

ほんの一枚だけ、

わざと別の棚に紛れ込ませた。


数分後。


「……ない?」


友人の声が、少し高くなる。

閉店前の確認。

伝票が一枚、見つからない。


店長が呼ばれ、

帳簿を開き、

探す。


時間が、ずるずると延びる。


夜。


若い幸子は、

部屋で服を選びながら、

携帯を手に取っていた。


着信。


友人からだった。


《ごめん!!》

《今トラブルあって、店出られない》

《今日は無理そう…本当にごめん》


画面を見つめたまま、

若い幸子はしばらく動かなかった。


「……そっか」


怒りはない。

落胆も、少しだけ。


《大丈夫だよ》

《また今度にしよ》


短く返して、

携帯を置く。


鏡に映った自分を見て、

小さく息を吐いた。


「今日は、いいや」


それだけだった。


駅へ向かう予定は、

消えた。


出会いは、

起こらなかった。


未来が変わった。


遠くからそれを見ていた幸子の胸に、

静かな震えが走る。


(……できた)


(ほんの少しだけど)


翌日。

若い幸子は、

いつも通り大学へ行き、

友人と笑い、

バイトに向かった。


何も起きていない。

傷も、後悔も、まだない。


幸子は、

期待してしまった。


これで、

少しは、楽になるんじゃないか。

少しは、幸せになるんじゃないか。


だが。


数週間後。


若い幸子は、別の男と歩いていた。


以前より、無口。

以前より、扱いが雑。

以前より、目が冷たい。


「……違う」


幸子は、呟く。


違う男。

でも、

構図は、同じだった。


若い幸子は、

相手に合わせ、

言いたいことを飲み込み、

「大丈夫」と笑っている。


その顔を見た瞬間、

幸子の胸が、締めつけられた。


(幸福じゃない)

(避けただけ)

(何も、変わってない)


あの男を避けても、

別の男が現れる。

同じ穴に、

違う名前が落ちるだけ。


未来は、

一人の男で決まっていたわけじゃなかった。


夜。

幸子は、ベンチに座り、頭を抱えた。


「……おかしい」


「私は、あれを避けさせたのに」


期待した未来。

少し明るい人生。

少し軽くなる心。


どれも、来なかった。


代わりに残ったのは、

わずかな改変と、

大きな困惑。


(未来って……)

(こんなに、しぶとかった?)


若い幸子は、相変わらず前を向いて歩いている。

自分で選び、

自分で転び、

自分で傷ついていく。


幸子は、ようやく理解し始めていた。


人生は、

一つの選択を正せば、

正解になるものじゃない。


「……簡単じゃないわね」


誰もいない夜に、幸子は呟いた。


未来を少し変えてみただけで、

すべてが良くなると思っていた自分が、

ひどく、浅はかに思えた。


それでも。


(もう一度だけ)

(もう少しだけ)


その考えが、

幸子の胸から、消えることはなかった。


未来改変は、成功した。

だが、幸福は、まだ現れなかった。

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