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あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。  作者: 虫松
幸子は若いころはキラキラしていた。あの頃に戻って説教したい。

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第4話 過去の渡しは案外、聞く耳を持たない

若い幸子は、何も変わらなかった。


大学へ行き、

アルバイトに出て、

恋人と会い、

友人と将来の話をして笑っている。


老婆の幸子は、それを少し離れた場所から見ていた。


何一つ、変わっていない。

私があれだけ言ったのに。


怒りより先に、虚しさが湧く。


(……人の忠告なんて)

(こんなにも、無意味だったかしら)


講義棟の前。

若い幸子が一人になる瞬間を狙って、老婆の幸子は声をかけた。


「その男、やめなさい」


若い幸子は、露骨に顔をしかめる。


「……は?」

「何なんですか、あなた」


「時間の無駄よ」

「優しいふりをして、何も責任を取らない男」


「失礼すぎます」

若い幸子は一歩引く。

「赤の他人が、私の恋人を評価しないでください」


「評価じゃない」

「結果を知ってるだけ」


「意味が分からない」


若い幸子は、完全に拒絶の態度だった。

警戒。

不快。

関わりたくない、という明確な意思。


老婆の幸子は、苛立ちを抑えきれなくなる。


「あなた、このまま行くと――」


「行くと、何ですか?」

若い幸子は、ぴしゃりと言った。

「不幸になる? 後悔する?」


鼻で笑う。


「そういうの、一番嫌いなんです」

「年上の人が、自分の人生を正解みたいに語るの」


その言葉に、胸が刺される。


ああ。

私も、そう思ってた。


「私は、私で選びます」

若い幸子は、はっきり言った。

「たとえ失敗しても、それは私の責任です」


「責任?」

老婆の幸子の声が、思わず荒くなる。

「その“責任”を取るのが、どれだけ重いか――」


「知りません」

若い幸子は即答した。

「まだ起きてないことですから」


風が吹く。

若い幸子の髪が揺れる。


その顔には、

若さ特有の確信があった。


努力すれば大丈夫。

愛せば報われる。

私は特別じゃないけど、失敗もしない。


万能感。

根拠のない自信。


老婆の幸子は、歯を噛みしめた。


(どうして……)

(どうして、こんなに聞かないの)


「私は、あなたのために」


「違う」


若い幸子は、きっぱり遮る。

「あなたは、自分の後悔を、私に押し付けてるだけ」


その一言で、

老婆の幸子は、言葉を失った。


正論だった。

痛いほど。


「……もう、わたしに関わらないでください」


若い幸子は、冷たく言った。

「迷惑です」


踵を返し、歩き去る。


老婆の幸子は、その背中を見つめたまま、動けなかった。


説教なんて、

誰の人生も、守らない。


胸の奥に、怒りが渦巻く。

同時に、どうしようもない理解が湧く。


(聞くわけ、ないわよね)


(あの頃の私が、

誰かの言葉で止まるはずがない)


老婆の幸子は、肩を落とした。


「……本当に」


小さく呟く。


「可愛げのない子」


それは、

若い幸子への言葉であり、

かつての自分への、吐き捨てだった。


説教は、届かなかった。

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