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あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。  作者: 虫松
幸子は若いころはキラキラしていた。あの頃に戻って説教したい。

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13/20

第3話 説教、開始

若い幸子は、案外すぐに現れた。


大学の構内。

昼休みのベンチ。

コンビニのサンドイッチを片手に、スマホを見ながら笑っている。


ああ、いたわね。

こんなふうに、無防備に。


老婆の幸子は変装をして、少し離れた場所からその姿を眺めていた。

自分の若い背中。

何も背負っていない肩。


腹の奥が、きり、と痛む。


「……ちょっと」


声をかけると、若い幸子は顔を上げた。

警戒心のない目で、こちらを見る。


「はい?」


その声を聞いた瞬間、老婆の幸子は確信する。

間違いない。

これは、私だ。


「座りなさい」

「話があるわ」


自然と、命令口調になっていた。


若い幸子は一瞬きょとんとしたが、

年上の女性だと認識したのか、渋々ベンチを詰める。


「何ですか?」

「勧誘なら」


「違うわ」

「説教よ」


若い幸子は、露骨に顔をしかめた。


「は?」

「何それ。知らない人に?」


老婆の幸子は深く息を吸う。

この反応も、覚えている。


「あなた、今付き合ってる男いるでしょ」

「年上で、夢を追いかけてるとか言ってる」


若い幸子の表情が、一瞬で固まった。


「……なんで知ってるんですか」


「その恋、失敗するわ」

「時間の無駄」


即答だった。

遠慮も、婉曲もない。


若い幸子は、立ち上がりかける。


「失礼ですね!」

「人の恋に口出ししないでください」


「するわよ」

老婆の幸子は、低く言った。

「だって、それであなた私、三十年引きずるんだから」


「は?」


「結局、何も残らない」

「結婚もしない」

「子どももいない」

「気づいたら、写真の中の自分に腹を立てるだけの人生よ」


言葉が、刃物みたいに並ぶ。


若い幸子は、完全に怒っていた。


「意味わかんない!」

「勝手に不幸な未来決めつけないでください!」

「私は、ちゃんと幸せになります!」


ああ。

この台詞。


老婆の幸子は、胸の奥で苦く笑った。


「そう言ってたわね」

「何度も」


「あなた、これから選ぶ仕事」

「その上司、最低よ」

「やりがい搾取」

「残るのは疲労だけ」


「やめてください!」

若い幸子は叫ぶ。

「なんなんですか、あなた!」


老婆の幸子は、じっと若い自分を見つめた。


怒り。

恐怖。

そして、ほんの少しの動揺。


信じたくないけど、

気になる。


その揺れが、手に取るように分かる。


「忠告してあげてるの」

「後悔する選択、全部知ってるから」


「……嘘だ」

若い幸子は、震える声で言った。

「そんなの、全部、後出しじゃないですか」


「そうね」


老婆の幸子は、あっさり認めた。

「人生は、全部後出しよ」


沈黙が落ちる。


風が吹き、

若い幸子の髪が揺れる。


「……私の人生は」

若い幸子は、唇を噛みしめた。

「私が決めます」


「ええ」

老婆の幸子は、静かに答えた。

「だから来たの」


立ち上がり、若い幸子の横を通り過ぎる。


「反発しなさい」

「疑いなさい」

「それでも」


一歩、立ち止まって言った。


「いつか、私の言葉を思い出す」


振り返らない。


背中越しに、若い幸子の声が飛んでくる。


「二度と話しかけないでください!」


老婆の幸子は、わずかに口角を上げた。


うるさい。

生意気。

でも。


「……元気ね」


それが、少しだけ、嬉しかった。

説教は、始まったばかりだった。

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