第2話 目覚めたら、私だった
目を開けた瞬間、幸子は違和感を覚えた。
天井が高い。
白い。
染みがない。
知らない天井。
身体を起こそうとして、軽さに驚く。
関節が痛まない。
腰が軋まない。
指が、すっと動く。
「……?」
声を出した瞬間、幸子は凍りついた。
若い。
澄んだ声だ。
皺も掠れもない。
布団を跳ね飛ばし、幸子は立ち上がる。
足が、迷いなく床を踏む。
転びそうにならない。
部屋を見回すと、そこは――見覚えがあった。
安いワンルーム。
学生時代に使っていた机。
壁に貼られた、色あせたポスター。
「……嘘でしょう」
洗面所へ駆け込む。
鏡の前に立った瞬間、息を呑んだ。
そこに映っていたのは、
アルバムの中の女だった。
長い髪。
張りのある頬。
まだ世界を疑っていない目。
キラキラしていた私。
幸子は、鏡に手を伸ばす。
触れた頬は、温かく、柔らかい。
「……あんた、誰よ」
そう言った声は、若い。
だが、口調も、思考も、間違いなく――老婆の幸子だった。
鏡の中の女が、同じように眉をひそめる。
その表情に、幸子は苛立ちを覚える。
「その顔が気に入らないのよ」
「何も知らない顔」
胸の奥がざわつく。
夢だ。
きっと、都合のいい夢だ。
そう思って、頬を抓る。
強く。
「……っ!」
痛い。
はっきりと、現実の痛み。
机の上のカレンダーを見る。
日付を確認する。
1995年、4月。
記憶の中の、あの日付。
幸子は、ゆっくりと椅子に座り込んだ。
「……戻ってる」
過去だ。
若い頃の、自分の人生の途中。
心臓が早鐘を打つ。
怖い。
だが、それ以上に――腹が立った。
「……やっぱり、あんたか」
鏡に映る若い自分を睨みつける。
「私が、説教したいって思ったから?」
「それとも、人生に文句があるから?」
答えはない。
ただ、キラキラした顔の女が、そこにいる。
幸子は、ゆっくりと立ち上がる。
夢じゃない。
逃げ場もない。
これは、私の二度目の人生だ。
そして、説教する相手は、
他でもない。
私自身だった。
幸子は、鏡の中の女に向かって、低く言った。
「覚悟しなさい」
「これから、うるさいわよ」
鏡の向こうで、
キラキラしていた幸子が、
わずかに、怯えたような顔をした。




