第十話 (最終話) 無理なものは無理なのだ
ピカピカの紅いランボルギーニ・カウンタックのプラモデルは、
完成していた。
机の上で、小さな車体が光を受けている。
プラスチックの赤。
安っぽいはずなのに、妙に澄んで見えた。
俺はそれを、しばらく眺めていた。
触れれば動く。壊れれば、直せる。
持ち上げられる重さ。
ちょうどいい。
かつて、俺は本物を欲しがった。
いや、本物を持つことで、
自分が別の人間になれると
信じたかった。
紅いランボルギーニ・カウンタックを
欲しがる女。
彼女に選ばれれば、人生が肯定される気がしていた。
だが、今は分かる。
人は、自分の器以上の幸せを
誰かに与えることはできない。
それは、冷たい言葉じゃない。
ただの事実だ。
俺の器は、おどろくほど小さい。
チビで、デブで、
ハゲかかっている。
金も、才能も、
若さもない。
だからといって、空っぽじゃない。
千分の一の夢を、ちゃんと置けるくらいの
広さはあった。
俺は、紅いカウンタックのプラモデルを
棚に置いた。
それから、スマホを手に取る。
画面を開き、しばらく迷ってから、
婚活アプリをインストールした。
期待は、しない。
王子にも、ならない。
ランボルギーニも、出てこない。
ただ、誰かと一緒に
夕飯を食べて、
愚痴を言い合って、笑えたらいい。
それだけだ。
婚活会社のプロフィール欄に、
正直に書く。
身長。
年齢。
年収。
盛らない。
嘘をつかない。
無理なものは、無理なのだ。
でも、無理じゃないものも、
確かにある。
今日を生きること。
誰かと話すこと。
小さな夢を、
小さく叶えること。
それらを、ちゃんと欲しがっていい。
俺は、そう思えるようになった。
紅いランボルギーニ・カウンタックは、
もう欲しがらない。
でも、紅い何かを
欲しがっていた自分は、
否定しない。
あれがなければ、ここまで来なかった。
俺は、画面を閉じ、
立ち上がる。
明日も、働く。
でも、もう追い立てられない。
人生を理解した男は、
静かに前へ進む。
千分の一の夢を背に、ちょうどいい速度で。




