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あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。  作者: 虫松
あの女は紅いランボルギーニカウンタックを欲していた。

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第一話 紅いカウンタックを欲しがる女

俺は、チビでデブで、ハゲかかっている。


鏡を見るたびに、髪の生え際は少しずつ後退し、

腹は何もしていないのに前へ出てくる。

身長は努力ではどうにもならず、

体型は「明日から痩せよう」という言葉だけが何年も生き延びている。


昔から、女に好かれた記憶がない。


学生時代、告白する前に振られ、

社会人になってからは、

「いい人だよね」で終わるか、

最初から恋愛の土俵にすら上げてもらえなかった。


俺はいつも、

“選ばれない側”にいた。


そんな俺の前に、あの女は現れた。


赤い口紅がやけに似合う女だった。

服も、言葉も、視線も、

すべてが「自分は特別だ」と知っている女のそれだった。


俺は一目でわかった。

この女は、俺とは住む世界が違う。


それでも、奇跡みたいな偶然で、

会話が始まった。

仕事の打ち合わせの帰り、

ただの雑談の延長だった。


彼女は俺を一通り眺めてから、

鼻で笑った。


「あなたには無理でしょ」


何が、とは言わなかった。

けれど、俺にはわかった。

顔、体型、年収、人生

全部ひっくるめての「無理」だ。


俺は苦笑いするしかなかった。


「ランボルギーニ・カウンタックって、いくらするか知ってる?」


彼女はスマホをいじりながら言った。

紅い車体の画像が、画面に浮かぶ。


現実離れした角張ったフォルム。

子どもの頃、プラモデルで見たことがあるだけの車。


「もしもね」


彼女は、俺を見もせずに続けた。


「誕生日にそれをプレゼントしてくれたら、

付き合うの、考えてみてもいいわ」


条件付きの誘惑。

いや、誘惑ですらない。

ただの取引だった。


普通なら、笑って流すか、

腹を立てるか、

黙って席を立つところだろう。


けれど俺は、

なぜか否定しなかった。


心のどこかで、

こう思ってしまったのだ。


一生懸命に死ぬほど働けば、届くんじゃないか。


今までの人生、

俺は顔で負け、

体型で負け、

自信でも負け続けてきた。


でも、働くことだけは、

裏切らなかった。


時間を売れば金になる。

金を積めば、夢に近づける。


それが、

チビでデブでハゲかかっている俺に残された、

唯一の勝ち筋だと思えた。


あの女は、

俺の人生に初めて、

「明確なゴール」を置いた女だった。


【紅いランボルギーニ・カウンタック】


それは車じゃない。

俺が“選ばれる側”に行くための、

象徴だった。


俺はその日から、

朝から晩まで働くことになる。


その先に何が待っているのか、

まだ知らずに。

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