1.50 - 捜索開始 【エウローン帝国 : シャルマ・鉄鋼団/ゼント3ヶ月】
ゲッズから情報を聞き出したシャルマは、そのゲッズ当人を従えて、集合場所である外街酒場に来ていた。
今日も今日とて、店は雑多な客層で賑わいを見せていた。いつぞやのような乱闘は起きてはいないが、昨今のきな臭い情勢への不満が噴出しているのか、喧騒は酷いようだ。
そんな中。
「……兄貴ぃ、話は分かったけどよぅ……。こんな野郎、信用出来んのかよ?」
用心棒の仕事中だったレイティンは、怪訝な表情を見せていた。シャルマの説明に対し、憤慨もしたが、敵対が記憶に新しいゲッズの登場の方が、余程気になるようだった。
「ま、流石にいまさら妙なことは考えねぇだろうよ。……なぁ? ゲッズ」
「あ、ああ。嘘は言ってねぇ。出入りになんなら、手は貸せねぇが……」
シャルマに話を振られたゲッズは、歯切れが悪い。そして、顔色も悪い。
「ハンッ。ウチは別にお前らの力になんて頼らねぇよ! なぁ、兄貴」
ゲッズの言葉に、レイティンは鼻を鳴らした。その表情は、怒りと、そして自信に満ちているようだ。
「おお。んな当たり前のこたぁいいんだ。……ミトラやエボロスは、まだ来てねぇのか」
そんなレイティンよりも、シャルマは落ち着きがない。組んだ腕に、指を小刻みにトントンと当てている。いつものような、気持ちの余裕がないのだろう。
「ああー、まだっスね」
「……待ってられねぇからよ。俺は先に行く。レイティン。お前は、エボロスと動いてくれ」
シャルマは、言葉少なに、矢継ぎ早だった。
「え? ああ、護衛っスね。ま、らくしょーだな」
レイティンは、どうやら意図を汲み取ったらしく、左右の拳をガツンと打ち付けた。
「イーリの姐さん。兄貴をたのむぜ」
そして、イーリに右拳を差し向けた。
「もちろんだ。任せてもらおう」
イーリは、目だけを柔らかくして、そう答えた。夜明かりに照らされ、その表情は月のように輝いていた。
▽
それは、何の変哲もないような、一軒家だった。
外街にありがちな、石と木で出来た、簡素な家である。煉瓦素材の建物など、せいぜいが中街くらいからしか見かけない。
「ここか? その、アジトってのはよ」
案内されたシャルマは、ゲッズに低くそう訊いた。
「ああ。下請けの弱小一家だがな」
ゲッズが、それに小声で答えた。
「なぁ、シャルマ。私は、こういう事に詳しくないのだが……。人攫いを生業にするなら、もう少し広い場所が必要になると思うのだが……ここは、ずいぶん狭そうだな」
イーリが、表情も変えず、疑問を口にした。綺麗な姿勢だが、余分な力は抜けている。そして、周囲を広く見渡しているようだ。
「あー……。弱小だっつーんなら、アジトなんざぁこんなもんだろ。攫った獲物なんかに、ちゃんとした扱いするわけねぇしな……」
シャルマの声は、冷たく、そして苦々しかった。そこには、スラムの悲哀が込められているようだった。
「そうか……」
イーリは、それ以上訊かなかった。そして、視線を扉に戻したようだった。その表情は、陰っているようだ。
「さーてと。んじゃ、行くか!」
シャルマは、ゆっくりと首を回しながら、ハルバードを手にした。
「……んま! まてまてまて! ちょっと待て!」
それを見たゲッズが、慌てて立ち塞がった。
「んだよ?」
シャルマが、眉間に皺を寄せる。
「いきなり殴りこむやつがあるか! 俺らは、ならず者だが、ならず者なりのルールがあるだろ?!」
ゲッズは、慌てているのか、両手をブンブンとオーバーアクションだ。
「あぁん?」
「わかった、わかった! 俺が、一旦話すからよ! ついてきてくれ!」
「チッ……ミナゴロシにして探したらいいだろうが」
「んなことしたら、ショータンと全面戦争だぞ?!」
ゲッズの顔に、汗の玉が浮いていた。
「構わねぇよ。なぁ、イーリ」
「ああ。私はシャルマの剣だ。掛かる火の粉を払い、家族を守るのみ」
だが、シャルマとイーリには、どこ吹く風だった。淡々とした口調で、そう言い切った。
「……お、お前さんらの覚悟は分かった。分かったが、ウチも巻き込まれたくはねぇんだ。案内はしちまった。だから、コトが起こりゃあ、もう巻き込まれる段階だ。俺にだって、一家を守る責任がある。……一旦、任せてくれ」
ゲッズは、すっと真顔になった。覚悟を決めた者の顔だった。
「……フン。ここにモイがいたら、分かってんな?」
「ああ。俺も、別にショータンに付くつもりはねぇ」
そう言うと、ゲッズはくるりと扉に向かった。
そして、ゴンゴンと叩く。
「おおい。誰かいねぇのか」
ゲッズは、先程までとはうって変わり、外街の顔役然とした、威厳ある声だった。
しばしの静寂の後。
「ああん? 誰だ? なんか用か」
と、気怠そうに扉が開かれ、いかにもな男が現れた。
「俺ぁゲッズだ。ちいと話があんだ。通してもらおうか」
「ん? ゲッズ……一家の、頭直々かよ……。ん、まぁ、三人……か。分かった。案内する」
下請けと言われるだけはあり、単独での組織力は、ゲッズ一家に及ばないのだろう。男は、明らかに狼狽えた。だが、三人なら何とかなると踏んだようだ。あっさりと、シャルマたちを中へ招き入れた。
「ほぉん。言うだけあんじゃねぇか」
やり取りを見ていたシャルマが、小声で言った。
「……そりゃ、お前さんがこの街に来る前から、俺ぁ一家を率いてたんだ。当然だろ」
そう答えたゲッズの表情は、誇らしげだった。シャルマが王都に流れ着いて、約十年。その長い年月を、裏の顔役として生きながらえるのは、至難だ。ゲッズも、ひとかどの人物らしい。
▽
三人が案内された部屋は、お世辞にも綺麗とは言えない。さらに、狭かった。ゲッズの部屋の半分以下だろう。対になったボロボロのソファと、間に簡素なテーブルがあるだけだ。
そのソファの奥側に、一人男が座っていた。濁った眼をした、中年だった。
「おお、ゲッズさんか。よく来たな。……急になんの用だい? ウチとまともに協力する気も、事を構える気もないんじゃあないのかい?」
その男は、そう言って、にちゃりと口を歪めた。
「……質問があんだ。今日、お前さんらは、ガキを攫ったか? 女のガキだ」
「ああん? それが、何なんだ? 互いの商売に口を挟むのは……ご法度だろうがい」
「おいおい……。口を挟んじゃいねぇだろうが。俺は訊いてんだ。女のガキは、攫ったか? ってな。それ以外、まだ何も言ってねぇだろうが」
「……はっ! ゲッズさんともあろうお方がよう……。ソレ、お前さんが訊かれて、答える質問かぁ?」
「……相手次第だな。一応言っておくぞ……。この質問に答えるかどうかで、お前の生命が――」
ゲッズは、業を煮やしたのか、身を乗り出して、凄んだ。
のだが……。
「おい。まどろっこしい」
シャルマの、空気を切り裂くような声が、ゲッズの言葉を上書きした。
……いや。それは、言葉だけではなかった。
「……んな!? ……な、な、な、なんだ、コイツはよ!?」
目にも留まらぬ速度で突き出されていたハルバードが、男の首許に添えられていた。
「今すぐ答えるか、死ぬか、選べ。俺ぁ急いでんだ」
「……ちょ、なんだってんだ?!」
男の顔が色を失っていた。事態が呑み込めていないようだ。だが、わたわたと動かしていた手を、やがてハルバードに持っていった。
「んな?! びくともしねぇ?!」
「なんだ、答えねぇのか。じゃ、サヨウナ――」
「わー! まてまて! 女のガキなんて知らねぇ! 知らねぇって!」
男は、半ば叫ぶように、そう答えた。




